• 26歳で、日本人初の国際バレエコンクールで金メダルを受賞。以来、世界を舞台に、屈指のプリマ・バレリーナとして活躍。いまなお観客を魅了しつづける、森下さんの創造の原点を伺います。『天然生活web』に掲載された記事の中から、8月におすすめの記事を紹介します。
    (『天然生活』2016年9月号掲載、『天然生活web初出2020年8月6日』)

    平和を願い、踊りつづけて

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

    平和への祈り、生きる歓び。私が踊りつづける理由

    たくましく、朗らか。忘れられない祖母の思い出

    おばあさまとお母さまは、広島市で原爆を経験しています。

    その3年後に生まれた森下さんは、祖母のやけどに息をのむ小学校の同級生の表情を、いまでも鮮明に覚えています。

    「ところが祖母は平気でお風呂屋さんにも行くんですよね。私はふだんから見ていたので、そういうものだと気にしていませんでしたが、一緒に行ったお友達は目を見開いていましたね。とにかく明るくて前向き。その姿を見て、子ども心に、なんて強くてたくましい女性なんだろうと思いました。命に感謝して前向きに生きている。その強さに学んだことは、計り知れないです」

    おばあさまは、左半身が不自由でしたが、明るく楽しそうに家事を何でもこなしました。

    里いもの煮ものやきんぴらなど料理はどれも抜群においしく、森下さんも自然と料理好きに。また、亡くなるまで、アメリカや原爆に対する愚痴や文句をついぞ口にしなかったそう。

    原爆で左手の指が膠着したため、一度、指を離す切開手術を受けたものの、親指しかうまく機能しませんでした。その指を孫に見せながら「まだここが使えるよ」と笑って話す祖母に、森下さんは心を打たれました。

    「ほら、洗濯板ならこうやって親指だけでも洗えるよって。自分が大人になって、ますます、あの強さがいかにすごいことだったのかを実感します。祖母から、人生は一度しかないのだから、文句をいったり、くよくよしたり、だれかを恨むより、アクティブに前向きに生きるほうが、ずっといいということを学びました」

    日々、稽古に汗を流し、時には悩み、戸惑うバレリーナの卵たちを励まし、温かく見守りつづける森下さんの根底には、できないことではなく、できることを数えて暮らす幸せの意味を、みずからの体で示した祖母の無言の教えがあったのでした。

    画像: 16年前、森英恵さんから「一枚持っているといいんじゃない?」と勧められたシルクシフォンのショール。手刺しゅうのハンドメイド。「肌触りと色合いが、とくに好きです」

    16年前、森英恵さんから「一枚持っているといいんじゃない?」と勧められたシルクシフォンのショール。手刺しゅうのハンドメイド。「肌触りと色合いが、とくに好きです」

    画像: 30年以上、愛用している香水のジョイパルファム。舞台衣装にほんの少し香らせる。ジャスミンとローズの気品あふれる香り

    30年以上、愛用している香水のジョイパルファム。舞台衣装にほんの少し香らせる。ジャスミンとローズの気品あふれる香り



    〈撮影/本間 寛 取材・文/大平一枝〉

    森下洋子(もりした・ようこ)
    1948年、広島市生まれ。3歳からバレエを始め、日本人初の国際的なプリマ・バレリーナに。舞台芸術で最も権威のある英国ローレンス・オリヴィエ賞を日本人で初受賞。夫は舞踊家、演出・振付家の清水哲太郎。祖母、母ともに被爆者であり平和への希求は強い。

    大平一枝(おおだいら・かずえ)/取材・文
    文筆家。大量生産、大量消費の社会からこぼれ落ちるもの・失われつつあること、価値観をテーマに各誌紙に執筆。著書に『東京の台所』『男と女の台所』『もう、ビニール傘は買わない。』(平凡社)、『届かなかった手紙』(角川書店)、『あの人の宝物』(誠文堂新光社)、『昭和式もめない会話帖』(中央公論新社)、『新米母は各駅停車でだんだん本物の母になっていく』(大和書房)、『そこに定食屋があるかぎり』(扶桑社) 、『ふたたび歩き出すとき 東京の台所』(毎日新聞出版)など。『東京の台所2』(朝日新聞デジタル「&w」)連載中。
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    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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