• 2023年95歳で笹餅づくりを引退した、青森の笹餅名人・桑田ミサオさん。現在98歳のミサオさんの笹餅人生の転機は、60歳。その年に笹餅をつくり始め、75歳で起業しました。長年笹餅に愛情を注ぎ、自分で考え、経験から学んだ勘をたよりに、自分のものさしで歩んできた人生。今回は、津軽の地で培った工夫と知恵、そして「捨てるものは何もない」と語る日々の暮らしぶりを伺います。
    (『天然生活』2024年2月号掲載)

    桑田ミサオさん流、ちょうどいい暮らし

    お金もなくて生活は苦しかったけど貧乏というのも悪くないよ。
    だってそうでしょ、私の人生は苦しい生活をしていたからこそ、
    いまの自分があると感謝しているから。

    津軽に暮らすミサオさんを訪ねたのは、りんごが赤みを増していく秋の日。

    「お茶っこ、飲もう」(津軽弁の特徴で、何にでも「・こ」を付けます)。

    藍染めのかっぽう着を身にまとい、お茶を淹れてくれました。

    小さいころから持病を抱え、体が弱かったミサオさんは母が山から採ってきた薬草を煎じてもらい、薬代わりによく飲まされていたといいます。

    「それが苦い、苦い。でも体に効いたのかな......」

    画像: 桜が描かれた急須は五所川原の焼き物。お茶好きのミサオさんが手にする深緑色の湯飲みは長年愛用、孫が旅行先でつくってくれたもの

    桜が描かれた急須は五所川原の焼き物。お茶好きのミサオさんが手にする深緑色の湯飲みは長年愛用、孫が旅行先でつくってくれたもの

    「昨日は久しぶりにお昼から笹餅づくりをしたの。いつも来る青森の人が訪ねてきたから。そしたら夜、寝られなくなった、体が疲れたんだね」

    ミサオさんは保育園勤めを60歳で定年退職し、無人販売所を始めるからと農協婦人部から声をかけられ、商品づくりに挑戦します。粟餅や味噌、がっぱら餅、笹餅などをつくって出すとどれもよく売れ、やがてその味が評判を呼び、75歳で笹餅屋として起業。

    山に入って笹を採り、もち米を製粉し、あんを炊き、笹餅をつくる。

    そうやって年間5万個あまりをつくっていた時期もありましたが95歳でピリオドを打ちました。

    画像: 食材は孫が適当に見つくろって買ってきてくれたり、娘が持ってきたりする。好き嫌いはなく、栄養を考えながら料理する

    食材は孫が適当に見つくろって買ってきてくれたり、娘が持ってきたりする。好き嫌いはなく、栄養を考えながら料理する

    「振り返ると60までは与えられた仕事をして生きてきました。それが60を過ぎてから餅づくりに出合って、わ(私)にもできるんだと思って。何にでも挑戦してきて、いまの自分があるんです」

    これ(素材)、どうやって生かすかなあ、って考えるよ。
    「までだな」ていねいにやる。手間ひまかけて、それをいかに生かすか。

    96歳になって足腰は弱ったとはいえ、ミサオさんは自分が食べる分の野菜は育てています。台所から出る生ごみはコンポストで発酵させて肥料に。

    「捨てればごみだけど、こうやって使えば野菜の味がよくなる」

    自宅そばの小さな畑には今年最後の実をつけるなすやトマト、また、きゅうりはすでに収穫を終えて塩漬けに。

    食べきれない分の野菜はたいていきつめに塩をして保存します。

    画像: 秋のトマトは青いまま収穫してミサオさんは塩漬けに。実がやわらかくならず、色も変わらずそのままなので料理の彩りとして添えたりも

    秋のトマトは青いまま収穫してミサオさんは塩漬けに。実がやわらかくならず、色も変わらずそのままなので料理の彩りとして添えたりも

    「お金を出して買うものもないけど、捨てるものもねえのよ。何かしら利用できないかって考えるから」

    冷蔵庫、冷凍庫の中は旬の味を閉じ込めた保存食がたくさん。

    ですが、いつも見通しよく片づけられ、何がどれだけあるかを把握し、明日使うものは前の日から水にひたして塩を抜いたり、解凍したり......。あるものを上手にやりくりする日々です。

    画像: ある日の冷蔵庫の中。「たくさんつくりすぎないようにしている。味が落ちてくるから」

    ある日の冷蔵庫の中。「たくさんつくりすぎないようにしている。味が落ちてくるから」

    ミサオさんが冷蔵庫から大事そうに取り出したのは赤じそ漬け。ふたを取るとしそのいい香り、そして鮮やかな色。

    画像: 茎ごと使った赤じそ漬け

    茎ごと使った赤じそ漬け

    こぼれ種から自然に生えた赤じそで「葉っぱを摘み取るのではなく、茎ごと使う。多めの塩でもんでひと晩おいたら黒い汁(あく)が出ているから、水で洗って水けをきり、酢を入れておくの。これは梅干しに使うし、みょうがや大根、かぶなんかに入れると赤く、きれいに染まるんだよ。みんな、どうやってこんな色出すのって聞いてくるから、こういうふうに、こういうふうにと人に教えてやると、なるほどなって」

    画像: 赤じそ漬けを使っていろいろな漬物をつくる。白い野菜(大根、かぶ)はきれいに染まるだけでなく、味わいもよくしてくれる

    赤じそ漬けを使っていろいろな漬物をつくる。白い野菜(大根、かぶ)はきれいに染まるだけでなく、味わいもよくしてくれる

    ちょっとした工夫と手間、そして塩梅。ミサオさんは本の知識や情報をたよりにすることなく、自分で考え、経験から学んできた勘をたよりに素材をどう生かそうかと試してきました。

    画像: びん詰めにしたミズの塩漬け

    びん詰めにしたミズの塩漬け

    「保育園で働く前、弘前大学付属の農場で仕事をしていたんだけど、その弘大の先生から料理は何をつくるにしてもいろんなスパイスが必要なんだよ。食べた瞬間、これはあの味だとわかってしまうのではなく、これは何の味だべって思う味を見つけださなければいけないと聞いて。ああ、なるほど人を驚かせるおいしさをつくるにはだれかのまねでなく、自分なりの調合を見つけることが大事なんだと勉強になった」

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    笹餅おばあちゃんの手でつくる暮らし(桑田ミサオ ・著/扶桑社)|amazon.co.jp

    天然生活の本
    『笹餅おばあちゃんの手でつくる暮らし』(桑田ミサオ ・著/扶桑社)

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    <撮影/衛藤キヨコ 構成・文/水野恵美子>

    桑田ミサオ(くわた・みさお)
    1927年青森県・津軽生まれ。保育園の用務員を退職後、60歳から農協の無人販売所で販売する笹餅をつくり始める。山に分け入って笹の葉を採り、材料のこしあんから全て手づくりする笹餅は、またたくまにおいしいと評判となり、75歳で本格的に起業。79歳で津軽鉄道「ストーブ列車」に乗りながら、車内販売を始めると、「ミサオばあちゃんの笹餅」として注目を集める。2020年には、NHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に、「たった一人で年間5万個の笹餅を作り続ける職人」として取り上げられる。平成22年度農山漁村女性・シニア活動表彰 農林水産大臣賞受賞。令和3年春の勲章 旭日単光章受賞。95歳で笹餅づくりを引退する。

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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