(『天然生活』2024年10月号掲載)
淡々と手を動かすことで、頭がすっきり整う
夜の7時、郊外の静かな家にはただミシンの音だけが鳴っています。カタカタカタ……。テキスタイル関連の商品開発もしている重松さんの至福の夜時間。目下、制作中なのは、秋が深まったら使いたい刺し子のベッドカバーです。
「日中や週末も仕事で忙しくしているので、手仕事にあてられるのは夜だけ。手を動かしていると時間がたつのを忘れてしまいます。やっているうちにどんどん頭がすっきりしてくるんですよ」
はぎれを組み合わせてパッチワークをしたり機織りをしたり。やるのは単純な繰り返し作業がほとんど。無心に手を動かしていると、一日のあれやこれやがリセットされて、気持ちが満たされ、「整う」のだと話します。
まっすぐミシンをかける、ひと目ひと目、針を進める。同じこととていねいに向き合うことで瞑想状態に入り、集中力もぐんと高まるのだそう。

「刺し子専用のミシンを思いきって買ったら、とにかく楽しくて」と重松さん
インドで教わった、手を動かすことの大切さ
「若いころからインドが大好きで、もう数えきれないくらい通っています。そんなインドで教えてもらった印象的な話があるんです。『人間は心と頭、そして手を使わないといけない動物だ』という教え。
家電や便利な道具がない昔の人は、自然に手を動かしていたけれど、現代では意外に手を動かすことが減っていますよね。それだと、心身のバランスが偏ってしまうんだそうです。だから、『何か手を動かすことをしなさい』って、インドの人によくいわれました」

夜の手仕事で活躍しているタイマー。「ひと目で残り時間がわかって便利」
毎日同じことの繰り返しで、心身が安定
無心に手を動かし満たされたあとは、10分間の瞑想タイム。これももう何年も続けている日課です。
「50代で離婚して、仕事もうまくいかなくて、人生の不調期に『何とか変えたい』と、始めた習慣です。
インドの修行場に滞在したことがあるのですが、そこでは朝起きてから夜寝るまで、毎日同じようなスケジュールが決められているんです。食事をして、瞑想の時間があって、ヨガをして、読書の時間があって……というふうに。それをこなしているうちに、自然と心が落ち着いてきました。
それで、ルーティンに沿って淡々と暮らしていると、雑念が取り払われて、心身が整うものなんだなって実感したんです。ひとり暮らしだからこそできる、時間の使い方ではあるのですが」

入浴後は軽くストレッチをして全身をほぐす。瞑想も日課に
今宵も、明日の晩も。重松さんは静かに糸と布を手繰り、呼吸に集中し、心身を整えます。「いつも同じこと」を繰り返し、ぶれない心や、いざというときの集中力を養っているのです。
重松さんの「夜時間の相棒」
手仕事の素材

手仕事の道具は、夜のお楽しみに欠かせない。こちらは、機織り用のひもの数々。手ぬぐいや布のはぎれなどを幅1cmほどのひも状に裂いてストックしている。「このひもをつくる作業も、ひたすら無心になれるシンプルさで心地いいのです」
〈撮影/近藤沙菜 構成・文/鈴木麻子〉
重松久惠(しげまつ・ひさえ)
ファッション誌の編集、デザイン会社などのマネジメントを経て、「D&DEPARTMENT」の「布もの」の商品開発コーディネーターに。58歳で取得した中小企業診断士の資格を生かし、さまざまな会社のアドバイザーとして活躍しながら、大学院で教鞭をとっている。旅と手仕事をこよなく愛す。
インスタグラム:
@hisae112
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
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天然生活2025年10月号では「整う夜の時間割」の特集をしています。夏の疲れをいやし、心と体を整える夜時間は明日の元気をつくる大切なひととき。ぜひあわせてお楽しみいただけましたら幸いです。