• 熊本県で暮らす作家・エッセイストの吉本由美さんの人とのつながりと楽しい暮らしについてのエッセイをお届けします。人生の大半をひとりで過ごしてきた吉本さん。移住したばかりの頃は想像もしていなかった賑やかな夜を振り返ります。
    (『天然生活』2024年11月号掲載)

    人生はわからないから面白い

    ピンポンという音に玄関ドアを開けるとひまわりのような笑顔が「おひさしぶりですー」と言った。なんとあさひではないか。花見以来で背丈がずいぶん伸びている。

    「大きくなったねえ、何年生?」と聞くと、「やだなあ、この前が小4だから小5に決まってるじゃないかー」と笑う。そうだ、そうだ、5カ月前の花見のときも「何年生?」と訊いたのだった。

    車から降りてきた橙書店の田尻久子さんが「突然ですがちばちゃんとあさひも参加です」と笑う。あさひは玄関先で外猫のクモスケをかわいいなあと撫でている。猫が大好きなのだが団地住まいで飼えないのである。

    あさひの母親、ちばちゃんはアクセサリー作家だ。橙書店の元スタッフで今は神奈川に住み、毎年夏の橙書店での展示会のほか、春や正月にも帰省して、そのときあさひもくっついて熊本に来る。

    私が彼に初めて会ったのはまだ彼が保育園児のときだった。小さいながら雄弁な子供で、それが面白くて大人に対してと同じ調子でおしゃべりしたものだった。

    その突然の「おひさしぶりー」の夜は久子さん宅で、彼女のパートナー・ヨウくん、夏休みで帰省中のその従姉妹りっちゃんともっちさん夫妻、そこに私が混じってのお食事会が予定されていた。久子さんは閉店後も店にいたちばちゃん親子を誘って私をピックアップに来てくれたのだ。

    私はしょっちゅう久子さん宅に遊びに行く……というか呼んでもらっている。うちから彼女の家までは車以外に行く術がないので、いつも車でピックアップしてくれる。

    それだけでなく、せっかく車があるからと、近くのスーパーに寄って猫砂や缶詰などの重い物、かさばる物の購入を手助けしてくれる。この夜もみんなでスーパーに行き、猫砂・缶詰を盛大に買った。買い出し物を家に置き、それから車で20分ほどの久子さん宅へと向かった。

    画像: 人生はわからないから面白い

    久子さん宅で4匹の猫に出迎えられたあさひはもちろん大はしゃぎ。キッチンでは料理上手なヨウくんが今夜も腕を振るってくれている。あさひのために鶏もも肉の唐揚げが山のようにあり、鶏もも肉が苦手な私には好みの手羽先が用意されていた。

    りっちゃんともっちさん夫妻とは半年ぶりか。確かこの前は初心者ばかりで麻雀をしたのだった。私たち(久子さん、ヨウくん、私)は1年くらい前から麻雀にハマり、どなたかが久子さん宅に来るとなれば強引に誘い込んで卓を囲んでいる。

    とはいえこの夜はさすがに麻雀には蓋をして、一部屋に大人6人、子供1人、猫4匹が集まり大騒ぎの大宴会だ。子供ははしゃぐし、子猫は走り回るし、大人は飲みまくるしで、室内の熱気は息苦しいほどだった。人生の大半を一人静かにやり過ごしてきた人間は想像したこともない賑やかさだった。夜中クタクタになって帰宅した。

    小さな書店の扉を開けたら、新しい世界が広がった

    家の中には猫が2匹いるが、共に大人で騒ぐこともなく室内はひっそりしている。ソファに横になりちょっと前の賑わいを思い返す。

    確かりっちゃんが「うちの母が今度ヨシモトさんと散歩したいらしいです」と言っていたな。なんでまた散歩を?と訊き返すと「道端の草や花についてお喋りしたいって」と言っていたな。それを聞いて久子さんが「だったら今度ヨウくんが実家に帰るとき、ヨシモトさんを連れて行けばいいよ」と言っていたな。

    ヨウくんの実家とりっちゃんの実家は近いらしい。熊本から車で1時間ほどの「津留(つる)」という素敵な名前の集落だ。俄然興味が湧く。こういうことでもなければ私は行くことはないだろう山に囲まれた小さな集落「津留」。そこに暮らすりっちゃんのお母さんは久子さんも負けるほどの本好きと聞いた。どういう人なんだろう、と、また、会いたい人がつながった。

    熊本に戻った13年前はたった一人でどうしようと途方に暮れていた。ある日勇気を出して小さな書店の戸を開けたら、そこから思いがけないつながりが生まれた。そして少しずつだが私の新しい世界が創られていき、今もまだまだ進行中。

    人生は先がわからないから面白い、とつくづく思っている。



    〈イラスト/須山奈津希〉

    吉本由美(よしもと・ゆみ)
    作家、エッセイスト。1948年熊本市生まれ。セツ・モードセミナー卒業後、『スクリーン』編集部に。大橋歩さんのアシスタントを経て、「アンアン」「クロワッサン」などで雑貨・インテリアスタイリストとして活躍。2011年から故郷の熊本へ。『東京するめクラブ 地球のはぐれ方』(村上春樹、都築響一との共著、文春文庫)、『みちくさの名前。雑草図鑑』(NHK出版)など著書多数。最新刊は『熊本かわりばんこ』(NHK出版)。

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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