5分でも読書をすると、自己肯定感が高まってくる。森田さんに聞く、本を読むことの魅力
美しい文章を読む行為が今日の自分を支える
忙しかったり、疲れていたりすると、本を開く気力がなくなってしまう。気がつけば増えていく自宅の“積読”コーナー。そんな経験をもつ方も多いかもしれません。
「それは私も同じです。 三宅香帆さんの新書『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』が話題になっているのも、きっと多くの人が同じ悩みを抱えているから。スマホを片手にSNSを眺め続けて、気づけば時間を“溶かして”しまい、『私、何やってるんだろう』と気持ちが沈んでしまうこともあります」と話してくれたのは、くまざわ書店・昭島店で書店員として働く、森田めぐみさんです。

くまざわ書店・昭島店で働く、森田めぐみさん
「だからこそ、忙しいときほど、美しい文章や心の底からおもしろいと思える物語に触れるようにしています。たとえ5分でも、切れ味のあるエッセイを読むと『今日は素晴らしい文章に出合えた』と自己肯定感がぐっと上がるんです」

お気に入りの一篇を教えてくれた
「歯を磨く間でも、お湯が沸くのを待つ時間でもいい。ほんの数分で気持ちは見違えるほど軽くなるはずです。私はいつでも空いた時間に本を手に取れるように、洗面台やキッチンなど、家の至る所に本を置くようにしています」
今回は、どこからでも読めるエッセイ、自分の悩みがちっぽけに思えてくる文化人類学の本、そして吸引力のある物語など、忙しい人にもおすすめの4冊を選んでいただきました。
「どれも、読書の喜びを思い出させてくれるものばかりです」
森田さんおすすめの「忙しいときこそ読みたくなる本」4選
『夜中の薔薇』

向田邦子/著 講談社文庫
家庭の中の愛情と不器用さ、そして女性の強さを繊細に描いた脚本家・向田邦子によるエッセイ集。表題作「夜中の薔薇」では、「野中の薔薇」を「夜中の薔薇」と聞き違えた人の何気ないエピソードから物語がはじまる。日常のささやかな出来事を題材に、言葉の綾や人の心の機微をすくい上げるその語り口は、時にユーモラスで、時に胸にしみる。
「一度手放してしまい、結局また買い直したほど大好きな本です。どの作品も短くまとまっていて、忙しい日でも思い立ったときに、好きなページから読めるのが魅力。気まぐれにぱっと開いたページから読みはじめることもあります。
なかでも、気に入った手袋が見つからず、風邪を引くまでやせ我慢してしまった心情を綴る『手袋をさがす』というエッセイがお気に入り。文章のリズムや視点のユニークさ、言葉の余韻——そのどれもが秀逸で、わずか一編を読むだけでも不思議と満足感を得られます」
『爆弾』

呉 勝浩/著 講談社文庫(現在は映画版の全面帯で発売中)
「このミステリーがすごい!2023年版」、「ミステリが読みたい!2023年版」でともに1位に輝いた作品。取調室に捕らわれた、スズキタゴサクを名乗る冴えない男が放つ「十時に爆発があります」という一言から始まる。東京は相次ぐ爆弾で炎上。拡散する悪意を前に、正義を守れるのか——? 読者の価値観を揺さぶる傑作。
「忙しさや疲れを忘れさせてくれる、これぞエンタメ!という小説を読むのもおすすめです。物語の世界に一気に引き込まれ、改めて小説の持つ力を感じられるはず。『何を読んだらわからない』と迷ったときは、映画化が決まり話題を集めている作品を手に取ってみるのもおすすめです」
『ヨルダンの本屋に住んでみた』

フウ/著 産業編集センター
学生時代に20カ国を旅し、各地で数々の冒険を重ねてきた著者が、偶然インターネットで見つけたヨルダンの一軒の書店に心を奪われ、衝動的に旅立つ。やがてその書店に住み込みながら、異国の人々と文化の渦に飛び込むことに――。「note創作大賞」エッセイ部門入選作。混沌とユーモアが同居する、自由奔放で愛すべきヨルダン滞在記。
「軽やかな文体で書かれているので、ラジオを聞いているような、はたまた友達と会話しているような感覚になれます。著者の、一見すると突拍子もない行動に元気をもらえるはず。装丁もとてもかわいいので、本棚に並べているだけでパワーをもらえる一冊です」
『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』

奥野勝己/著 新潮文庫
長年フィールドワークを続ける大学教授の著者が、資本主義にとらわれないボルネオ島のプナンで、人間の生の可能性を考察する。借りたものを壊しても謝らず、礼も言わない。感謝の概念がない彼らの生活ぶりから、幸せとは何かを問い直す人類学エッセイ。
「同僚に『忙しいとき、何を読みたい?』と聞いてすすめてもらった一冊。日常の当たり前をやさしく問い直してくれるエピソードが詰まっていて、読むうちに『こんなことで悩んでいたなんて馬鹿らしい!』と肩の力が抜けていきます。実子も他人の子も分け隔てなく、みんなで子どもを育てていく——そんなあたたかなまなざしに、心がほぐされます」
〈撮影/星 亘 取材・文/高田真莉絵〉
森田めぐみ(もりた・めぐみ)
茨城県生まれ。「くまざわ書店 昭島店」書店員。夫の転勤に伴い各地で生活を重ねる。現在は東京で家族と猫たちに囲まれながら暮らしている。著書に『書店員は見た! 本屋さんで起こる小さなドラマ』(大和書房)。






