小さな晩酌を楽しみしています
一日の終わりに、台所の灯りだけを残して静かになる時間が好きです。
私のささやかな楽しみは、ちいさな晩酌。おちょこに一杯だけの日本酒を、寝る前にいただきます。
本当に、ほんの少し。
それでも、湯気の消えた部屋で、淡いグリーンの陶器を指で包み、くいっと口に運ぶ瞬間は、一日をほどく合図のようです。
つまみは、その日によって違います。さしみの切れ端や、ささみを少し。包丁の音も控えめに、静かな仕度です。
――けれど、黙っていないのが猫です。
夜のウェットフードをあげた直後だというのに、私がまな板を出した気配で、どこからともなく集まってきます。すりり、と足元に身体を寄せ、期待に満ちた目で見上げます。

期待に満ちたまなざし。くれるよね?

用意するところを監視
晩酌に参加してくる猫たちのためにささみをゆでる
さしみも、ささみも、そのままではあげられません。
生はよくないから、火を入れます。小さく、小さくちぎります。やけどしないように冷まして、それぞれのお皿に分けます。
ひと皿置けば、別の子が鳴く。
また火をつける。
またちぎる。

結局、猫たちが大集合
気がつけば、私の晩酌は立ち飲み状態です。
おちょこの日本酒は、すっかり常温を通り越しています。
リラックスなんて、ほど遠い。「自分の時間」のはずが、せわしなく過ぎていきます。
それでも、ふと顔を上げると、みんな満足そうに毛づくろいを始めています。
お腹が満ちると、心も丸くなるのか、部屋の空気がやわらぎます。
私にも、一日の終わりの楽しみがある。だったら猫たちにだって、あっていい。
そう思うと、少し冷めた日本酒も、悪くありません。
私の一杯と、猫たちのひと口。それぞれが、それぞれの「今日おつかれさま」を持っているのだと思うのです。
静かな夜は、結局、にぎやかにやさしい。
そんな晩酌も、わるくないなと、今日も思います。
忙しい毎日のなかで、やさしく晩酌するためのヒント
・量を「少し」に決めておく
おちょこ一杯、と決めておくと罪悪感が減り、心から味わえます。少なさは、物足りなさではなく「大切にする余白」になります。
・準備を先にすませておく
猫や家族に分ける分を、あらかじめ用意しておくと慌てません。自分の時間を守る小さな工夫です。
・「温度」を楽しむ
冷めてしまっても、その変化を味わってみます。ぬる燗も常温も、その時だけの風味です。完璧でなくても、十分おいしいことに気づきます。
・一口ごとに、深呼吸を添える
ただ飲むのではなく、ひと息ついてから。呼吸が整うと、同じ一杯でも体にやさしくしみわたります。
・誰かの楽しみも、そっと想像する
猫にも、家族にも、それぞれの「今日の楽しみ」があります。分け合う気持ちは、自分の満足もふしぎと増やしてくれます。

今日のみんなはボイルささみ
自分だけの時間を持つことと、誰かと分け合うこと。
そのあいだを、ゆらゆらと揺れながら。
そんな夜が、きっと明日をやわらかくしてくれるのだと思います。
◇ ◇◇ ◇◇

咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」






