60歳になり、食事の量だけでなくメニューが変わりました
年齢とともに食が細くなるのはよくあることです。わたしもその例にもれず、年々、食べる量が減っています。パスタで言うと、40代はわたしひとり分のパスタの量は90グラムでした。それが、50代になると80グラムになり、いまは70グラムでもいい時があります。そのくらいの量のほうが、あとの体がラクなのです。
味の好みもここ数年で変化しましたし、品数も多くは必要なく、食材も食べ慣れているもののほうがすきです。「もうひと品」をつくることもいまはしなくなりました。量だけではなく、料理方法も、メニューも含め、食事そのものが変わったように感じています。

買い置きしているトマト缶を使ったパスタ。味つけは塩胡椒。最後にパルミジャーノ
変わったことと変わらないこと
変わらないのは、できるだけ新鮮なものを、いい状態で、素材の味を活かし、気持ちよくいただくこと。義務感でつくるとそれが出てしまうので、無理をせず、もこころがけています。そう。ご馳走は必要ないのです。
仕事を終えた夕方、キッチンに立つ時は、最初さっとできるものをつくります。つくると言うか、お皿にのせるというか──。
すぐ食べられるもの1品、切るだけの野菜1品の献立
気に入っているのは、すぐ食べられる加工品をひと品と、加熱するだけ、切るだけの野菜をひと品です。例えば、厚揚げや油揚げを焼く/蒸す、寒い季節は湯豆腐、暑い時期は冷奴も。小松菜やほうれん草、スナップエンドウ、アスパラガスなどを茹でる/蒸す。夏はトマトやきゅうりを切る。洋風にしたいときは、チーズ、ハム、ピクルス、オリーブなどを用意する。そのあと必要ならば、ボリュームのある魚や肉料理。最後にごはんとお味噌汁やパスタなどをテーブルに運びます。
パスタひと品やスープとパンだけ。くたくたの日は、ごはんに納豆だけのときもあります。土井善治先生の「一汁一菜」より簡素です。何かが不足していたり、何かが多かったりする場合もありますが、60歳のいま、問題なく過ごせているので、わたしの体とそうズレたことはしていない。そう考えています。

買い置きしているレトルトカレーを炊いたごはんにかけて、だけの日も。カレーは資生堂パーラー・ポーク

納豆ごはんと菜の花のお漬物。納豆は三之助豆腐のもの

ゆでただけの空豆と器に移しただけのホタルイカ。食事のはじまりがこんな日も
この年齢になると一般的にいいと思われているものやこうするべき(これが必要)より、自分の体質や体の方向性に合わせたほうが、調子がいいことも分かっています。わたし自身で言うと、体にいいとされている梅干しをはじめ、レモン、ネギ、ニラ、ニンニクなど、体に合わないことが健康診断でわかりました。
「毎日の食事では、ご馳走は必要ない」。そう思うと、気が楽になり、自由度が高まり、かろやかになります。「今日、何を食べよう」とたのしみになります。結果、こころにも、体にもよく、機嫌よくいられる。そこには、特別な技術も手の込んだレシピも必要ありません。あるのは「簡単でおいしい」です。

広瀬裕子(ひろせ・ゆうこ)
エッセイスト、設計事務所共同代表、空間デザイン・ディレクター。東京、葉山、鎌倉、瀬戸内を経て、2023年から再び東京在住。現在は、執筆のほか、ホテルや店舗、住宅などの空間設計のディレクションにも携わる。近著に『50歳からはじまる、新しい暮らし』『55歳、大人のまんなか』(PHP研究所)、最新刊は『60歳からあたらしい私』(扶桑社)。インスタグラム:@yukohirose19
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50歳、55歳と年齢をテーマに執筆してきた著者が、60歳を迎えるまでの日々に考え、選択し、アップロードしている暮らしの知恵を1編ずつ丁寧に書き下ろしました。
「抗うことなく、あきらめることなく、自分に合った選択をしていく。気持ちのこと、身体のこと、家族のこと。いままでのことを振り返りながら、60代のために新しいスタートラインを『引き直したい』と思うようになりました」と広瀬さんは語ります。
60歳はあたらしいスタートラインととらえ、これからの生活小さな暮らし、グレイヘア、家族の看取りなどをていねいに一編一編綴ったエッセイ集です。






