• 蓼科にある小さなハーブショップ「ハーバルノート」の店主で、ハーバリストの萩尾エリ子さん。ハーブに寄り添う暮らしと、そこから紡がれるエッセイ集『香りの扉、草の椅子』が再販されました。蓼科での四季を追った美しい写真が圧倒的で、見て、読んで、優しい気持ちになれる一冊です。本書の第一章「冬は野を想い」より、エッセイ「眉間に皺を寄せた少女」を紹介します。

    眉間に皺を寄せた少女

    画像1: 眉間に皺を寄せた少女

    時おり吹く風に、木立の雪が舞い降ります。陽が差せば、軒先の長いつららが輝きます。冬の折々がこんなにも美しいことを、誰かに伝えたくなります。

    窓のプリズムが部屋の中に虹を作り、戴いたジャスミンの花が香ります。この香りは、美しい小さなものに気づくことのできる感性を授けるといいます。

    画像2: 眉間に皺を寄せた少女

    少女時代の記憶の一片がよみがえりました。結核で病んだ母を療養所に見舞った道すがらの光景です。

    玉川上水の桜並木に舞う雪と桜は、どちらも吹雪のようでした。子供ながら美しさに見とれ、哀しさも抱きしめてその中を歩きました。植物のありようが人を癒すことを微かに知った頃でした。

    記憶を辿れば、思い出は花びらのようにはらりはらりと脈絡もなく現れます。大好きだった父は仕事が長続きせず、借金を繰り返し、しばらく行方知れずになりました。私は祖父の家で育ちます。

    祖父は風流な人でした。降っても咲いても散っても「さて一献」と、盆にお酒とつまみを載せて、庭を眺めては目を細めていました。祖母は気性が激しく、愛情深く、着物を愛し、和歌をたしなみました。今思えばなかなか粋な人たちでしたが、家庭内別居中で、小さな私は気を遣うことも多かったのです。

    やがて私は肺の病気にかかり、幼稚園をやめ、小学校入学は延期となりました。身体は熱っぽくだるくて、日がな一日、本を読み、庭を眺めて過ごしました。

    祖父の愛した庭は、私がトム・ソーヤーにもハックルベリー・フィンにもなれる場所でした。横になっても椅子にすわっていても、心は自在に庭で遊びました。のちに病院に庭を作りたいと思った、最初のひと糸だったようです。

    その頃の写真は、どれも眉間に皺を寄せ、自分ではどうすることもできない静かな怒りを内に秘めているように見えます。ものごころつく前に負った、手から腕への火傷跡も一因だったかもしれません。

    体力が回復すると、母は私を古本屋さんに連れ出しました。友達は皆、学校です。私の冒険は本の中で始まりました。育った世田谷の三軒茶屋は、いくつもの古書店がありました。私の少ない小遣いでも読みたい本が買えます。「貸本屋さん」も忘れられません。どちらも私のワンダーランドでした。

    一年遅れて入った小学校では、大人びた少女になっていました。なにせ本を乱読し、大人の事情を垣間見ながら思索する日々を送っていたのですから。

    不機嫌な中学生時代を経て高校生になり、「玉電」と呼ばれる路面電車で通学しました。三軒茶屋には映画館が何軒もあって、学校帰りの定番は、ひとりホラー映画鑑賞でした。

    クリストファー・リーのドラキュラ伯爵は最高。その様式美を説くうちに、私は「ドラ」と呼ばれるようになりました。好奇心に満ちた瞳、辛辣なもの言いとユーモアを持ちあわせた娘でした。

    玉電を降りたところが映画館。私のワンダーランドが増えました。おもての通りには夜店がたって子供たちを誘い、祖父に連れられていった芝居小屋「太宮館」、怪しくて目の離せない「文華マーケット」。犬たちも自由な昭和時代。私なりの幸せと不幸せが詰まっていました。

    眉根を寄せた少女とケラケラと笑う娘は手をつないで、のちに「カンザスの家」を見つけます。

    人生は寒さと暑さを味わってこその面白さ。だからこそ花も実もあるじゃないと、私の中の少女と娘は、今は思っています。

    画像3: 眉間に皺を寄せた少女

    今の私から、あの頃の私に一杯のハーブティーとホットケーキを

    画像: 今の私から、あの頃の私に一杯のハーブティーとホットケーキを

    食の細いあなたの何よりの好物はバターでしたね。台所で切り分けてもらったひと切れを、ゆっくりと味わっていました。

    泣くことをやめて、なるべく笑うことに決めたあなたに、あつあつのホットケーキを焼きましたよ。バターもたっぷりとのせました。この砂糖楓の蜜だってほんものです。

    初めて見るハーブティーに、あなたは息を飲むでしょう。荒野に咲くヒースと道端のエルダーに、月光のようなジャスミンと太陽のようなオレンジの皮を混ぜあわせました。どうやって作るの、どうやって飲むのと、あなたの声が聞こえるようです。

    湯気のたつお茶を両の手で包んで味わって下さい。今の私があなたに作るお茶は、ほんとうはあなたが私にくれたお茶なのですから。

    ホットケーキ(小さいものを4~5枚)

    ● 卵……1個
    ● きび砂糖……大さじ2
    ● 牛乳……80ml
    ● 溶かしたバター……大さじ1
    ● 薄力粉……130g
    ● ベーキングパウダー……小さじ1

    *薄力粉とベーキングパウダーは合わせてふるって下さい。メープルシロップやバターはお好みで。

    ハーブティー(3~4回分)

    ● ヒース……2g
    ● エルダーフラワー……3g
    ● ジャスミンフラワー……2g
    ● オレンジピール……3g

    *ハーブティーのいれ方

    200mlの沸かしたてのお湯に、約3gのドライハーブが目安ですが、ひとさじ、ひとつまみ、ひとにぎり、あなたの身体でおおらかに量るのが大事です。

    浸出時間は4~5分。必ずふたをして蒸らします。

    実や種、木の皮などが混ざれば、もう少し浸出時間がかかります。出にくいものは刻むこともあれば、煎じることもあります。

    ブレンドであれば、二杯目の味わいも試してみて下さい。



    <撮影/寺澤太郎>

    萩尾エリ子(はぎお・えりこ)
    ハーバリスト。ナード・アロマテラピー協会認定アロマ・トレーナー。日々をショップという場で過ごし、植物の豊かさを伝えることを喜びとする。著書に『八ヶ岳の食卓』(西海出版)、『ハーブの図鑑』(池田書店)ほか。
    ◉蓼科ハーバルノート・シンプルズ
    長野県茅野市豊平10284


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