• 1974年に竣工した、建築家・阿部勤さんのご自宅。名建築と謳われるその家は、愛するものにあふれ、豊かで、おおらかな空気に満ちていました。
    写真について:キッチンの一部が半島状に延びている “ペニンシュラキッチン” は、20年前に阿部さんが考案したもの。作業台はやや低くして、座って作業ができるように設計されている
    (『天然生活』2016年7月号掲載)

    阿部家の片づけの3カ条
     効率よりも楽しさを優先する
     見せたくないものは目の届かない所に
     無理に分類しない

    道具を出して眺める暮らし

    よく使うもの、役立つものは手元に置く。阿部さん宅のルールは単純です。

    その、 “役立つ” には、「目にしていると気持ちがいい=自分の心地よさを保つうえで役立つ」が入るから、他とはちょっと様相が異なってくるのです。

    「作業をするときに、あちこち道具を集めるためにウロウロするのは面倒でしょう。だから、この家では、使う場所が置く場所。まずは、それが第一。そして、いつでも目にしていたい、楽しい気分になるものをあちこちに置く。たとえ役立たないものでもね。ほら、このキッチンにも、そんなものがたくさんありますよ。実際にはほとんど使われることはないのに、キッチンのいい場所を堂々と陣取っているやつが。あと、ひとつの役割しかこなしてくれないものも多いな。卵を割るだけの道具とか」

    ここには、たしかに多くのものがあります。しかし、これだけのものがありながら、けっして、散らかった印象はないのです。形状をそろえているとか、そんなテクニックもとくには施していないようなのに。

    物にあふれたこの家に流れているのは、暮らしから生まれる温かな空気。キッチンにいると、想像はどんどん膨らみます。

    この家の住人は、きっと料理好きで、ワインも好きで、おまけに、ちゃめっ気たっぷりなのだろうな。

    画像: 洋服だって、もちろん出しておく。素材、色、デザイン別に分けられ、ひと目で、その日に着たい服を選択。アイロンも、ここですぐにかけられる

    洋服だって、もちろん出しておく。素材、色、デザイン別に分けられ、ひと目で、その日に着たい服を選択。アイロンも、ここですぐにかけられる

    画像: 階段の幅を利用しない手はない。たくさんある蔵書は、家のあちこちに積まれている

    階段の幅を利用しない手はない。たくさんある蔵書は、家のあちこちに積まれている

    画像: ピシッと着たいシャツ類は、クリーニングに出す。戻ってきたものは、ケースに立てて収納

    ピシッと着たいシャツ類は、クリーニングに出す。戻ってきたものは、ケースに立てて収納

    画像: 42年前、この家を建てたときに植えたケヤキの木。時がたち、7本がまるで一本の大木のように寄り添った。「七人の侍」と阿部さんは呼ぶ

    42年前、この家を建てたときに植えたケヤキの木。時がたち、7本がまるで一本の大木のように寄り添った。「七人の侍」と阿部さんは呼ぶ

    阿部さんが出して楽しむ道具いろいろ

    生ハムホルダー

    画像: 生ハムホルダー

    あるスペイン料理店で食べた生ハムがあまりにもおいしかったため、店主に頼んでお取り寄せ。そのときに、「これがないときちんと切れないから」と、いただいたもの。

    パスタ打ち具

    画像: パスタ打ち具

    イタリア製の「キタッラ」と呼ばれるパスタ打ち具。パスタマシーン専門店で購入したもの。弦の上に、のばした生地をのせ、めん棒で押し切るとロングパスタになる。

    押し出すタイプのパスタ打ち具

    画像: 押し出すタイプのパスタ打ち具

    「ビゴリ」と呼ばれる、太くてコシの強いパスタをつくるための道具「トルッキオ」。しぼり出すのに力を入れるため、腰かけてハンドルを回す。「子どもが遊びにくると、乗って喜ぶんですよ」

    エッグシェルブレーカー

    画像: エッグシェルブレーカー

    半熟ゆで卵の上にかぶせ、丸いおもりを上から落とすと殻の上部にひびが入る仕組み。半熟をスプーンですくって食べられる。「デザインの面白さと同時に、用途のバカバカしさにもひかれて」

    ピック

    画像: ピック

    まっすぐなものあり、曲がったものあり。ひとつひとつ形状が違う芸の細かさ。出したときに、来客が一瞬、戸惑う顔を見るのも楽しい。「単純に、見た瞬間『面白いな』と思っちゃったんだよね」

    テニスラケット

    画像: テニスラケット

    キッチンに唐突に置かれているラケット。ただのディスプレイかと思いきや……「筋子をバラしていくらにするとき、これの上で転がすとちょうどいいんだよ」。意外にもキッチンの実用グッズ。

    大理石のミル

    画像: 大理石のミル

    ひんやりとした大理石でつくられたミルは、ハーブをすりつぶしたときに熱をもたないのが長所。温度が上がると黒ずんでしまう、バジルペーストをつくるためだけに登場する贅沢な道具。

    凧糸入れ

    画像: 凧糸入れ

    キッチンにさりげなく置かれた、木製の丸いもの。中には、ローストチキンをつくるときなどに使う凧糸が入っている。「引き出すのも片手でできるし、絡まないし、なかなか便利なんですよ」

    ゼムクリップのボード

    画像: ゼムクリップのボード

    プレゼントされたもの。クリップだけでなく、磁石にくっつくものなら何でも貼り付く。とくに意識して何かを形づくることはないけれど、アイデアが面白いと感じて、リビングの一角に。

    片づけの時間割

    決まった時間に片づけるルールはない。

    ●郵便物を入れている箱がいっぱいになったときや、各部屋で物が散らかって家事がしにくいときに、半日ほどかけて、片づける。

    画像1: 片づけの時間割

    ●鍋の手入れやグラスをみがく作業は、汚れが気になったときに、半日ほどかけてやる。

    画像2: 片づけの時間割

    ●洋服のブラシかけは、出かける前や帰ってきた際に玄関でさっと。

    画像3: 片づけの時間割

    阿部家の間取り

    画像1: 阿部家の間取り


    <撮影/柳原久子(https://water-fish.co.jp/) 取材・文/福山雅美 イラスト/須山奈津希>

    画像2: 阿部家の間取り

    阿部 勤(あべ・つとむ)
    1936年生まれ。早稲田大学第一理工学部建築科卒業後、坂倉準三建築研究所入所。1975年、室伏次郎氏とともにアルテック建築研究所設立。自邸は「中心のある家」と呼ばれ、住宅建築の名作とされる。著書に『暮らしを楽しむキッチンのつくり方』(安立悦子氏との共著/彰国社)など。


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