(『天然生活』2016年2月号掲載)
すべて手仕事でつくる箒
蔵の中に入ると、フワッと青々しい香りが鼻をくすぐりました。
「箒の原料になっている、ホウキモロコシの香りですよ」
そう教えてくれたのは、柳川直子さん。
柳川さんが代表を務める会社「まちづくり山上」は、神奈川・愛川町で、明治時代から伝わる「中津箒」をつくっています。
今回、おじゃましたのは、柳川さんが自宅の敷地にある築80年の蔵を改装してつくった箒の博物館「市民蔵常右衛門」。
中津箒をはじめ、国内外の箒を展示しています。
用途に合わせて長さや大きさの異なる中津箒は、すべて職人さんの手によってつくられたものです。
飾っておきたくなるような美しさはもちろん、そのよさは、実際に使ってみることで実感できます。
軽くて持ちやすく、少し角度がついているので、手を下ろすと毛先がちょうど床に水平に当たります。しなやかな毛先は床を掃きやすく、手にも負担がかかりません。
全国で人気を集めている中津箒ですが、その伝統が途絶えた時期がありました。
この地域での箒づくりの最盛期は、大正時代から昭和20年代。そのころは、100軒以上の専業者がいたそうです。
ところが、昭和30年代に入ると、電気掃除機の普及や海外の安価な製品の流入により、箒産業は衰退。しだいに、各家庭で、自家用につくるだけになっていきました。
柳川さんは、5代続く、箒の製造・卸業者の家に生まれました。
「子どものころは、自宅の隣に工場があって、10人ほどの職人さんが、朝から晩まで箒をつくっていました。一日中、トントンという音が響いていましたね」
そんな環境で育った反動で、柳川さんは、長い間、箒が嫌いだったそうです。
実家の箒屋も、父親の代で廃業していました。
伝統の美しさに魅せられ、若い人たちが箒づくりを志願
ところが、10数年前のある日、暖簾分けをして京都で箒づくりをしていた職人・柳川芳弘さんから、自作の箒が送られてきました。
「その見事さに驚いたんです。箒って、こんなにも美しいのかと」
この伝統を後世に伝えようと決意した柳川さんは、40代後半で会社を設立。
蔵を改装し、箒の博物館をつくるとともに、原料となるホウキモロコシの畑づくりも再開しました。
そんな柳川さんのもとに、以前、箒をつくっていた地元の人や、中津箒に魅せられた若い人たちが集まるように。
現在、職人は8人。そのうち、若手は7人です。
彼らによって、中津箒に新しい感性が加わりました。箒職人8年目の吉田慎司さんはいいます。
「伝統を守ると同時に、いまの生活に合うよう、アレンジしていければ、と思っているんです」
農薬を使わずに育てた原料が柔らかな毛先を生み出す
中津箒の特徴は、形の美しさや、多くを自分たちで染めるという、やさしい色の糸、そして何より、毛先のしなやかさです。
原料であるホウキモロコシは、農薬を使わずに、有機肥料を使い栽培しています。
「大変ですが、できた穂の柔らかさが全然違うんです」
収穫した穂は長さや太さごとにていねいに選別。この作業が、さらに繊細な毛先を生み出すのです。
どの工程にも、多くの時間と労力がかけられている中津箒。なぜ、これほどまでに手間ひまをかけるのでしょう。
柳川さんに聞くと、こんな答えが返ってきました。
「将来へ残すためには、他にはない、本物をつくるしかないんです」
おおらかで元気な柳川さんを中心に、畑仕事をする人から箒を編む人まで、皆で試行錯誤を重ねつつ、中津箒の伝統は、着実に次世代へ受け継がれようとしています。
箒ができるまで
種まき
原料である、ホウキモロコシの種をまくのは毎年5月。
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収穫
7月半ばから9月初めが収穫期。
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脱穀、乾燥
収穫した穂を脱穀し、全体を半日、天日干し。そのあと、穂を筵などで覆って茎の部分を3日間干してから、室内で保存。
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選別
穂の太さ、長さなどで選別する。美しく使いやすい箒をつくるための、とても大切な工程。
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束をつくる
選別した穂ごとに、「マルキ」と呼ばれる束をつくる。
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編む
「クイボー」と呼ばれる高さ30cmほどの杭を使いながら、マルキを穂と糸を使って編んでいく。
◇ ◇ ◇
10月24日(土)から天然生活 ONLINE SHOPで「中津箒」を限定販売いたします。
シンプルな “白” で編み上げた美しいモデルです。ぜひご覧ください ↓
天然生活 ONLINE SHOP
https://shop.tennenseikatsu.jp/
〈撮影/村林千賀子 取材・文/嶌 陽子〉
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです