4つの酵母が力を合わせて“おいしい”を生む
とろけるような食感と、アート作品のようにパンを陳列するスタイルで話題沸騰となった和歌山の「3ft」。パン職人の中村隆志さんは、3年近くの営業期間を経て、「3ft」をあっさりと東京に移転させました。店名を「中村食糧(なかむらしょくりょう)」に変えて。
「東京に出てきてお客さんに一番食べてほしいと思ったのが、この『みんなのパン』です。和歌山にいた頃、『3ftのパンって、フランスパンなの? ドイツパンなの?』と聞かれることが多くて。そうじゃなくて、自分がつくりたいパンをつくっている、これが僕のつくるパンの標準というのを示したくて生まれたパンです」

7種類の国産小麦をブレンドした粉を使った、風味豊かなパン。焼いて食べるのがおすすめだそうで、焼くと皮はカリカリに、中はもっちりのままで、その対比が面白いのだとか

「自分が寝ている間にパンも寝て、自分が動いているときはパンも動くという、“パンと一緒の生活”を大切にしています。パンに強要せず、僕もパンに拘束されないから、自分の時間が持てます」と隆志さん
「それに僕の標準というだけでなく、外国の人に『日本の小麦で焼いた、日本のパンです』といえる、日本のスタンダードになるようなパンにしたかった」とも話します。
「みんなのパン」は、4つの自家製酵母を駆使してつくるパン。レーズン種を入れることで、しっかり焼いても苦くなく香ばしい味わいに。ルヴァンを入れると、生地が酸性になってグルテンを破壊し、とろける食感に。少しだけ入れたヨーグルト種は、乳酸菌の香りをプラス。麹でつくる酒種は、生地にボリュームをもたせ、プルプルの食感にもしてくれます。

「みんなのパン」の断面。「グルテンが破壊されている感じ」がよくわかるパン
さっそくいただいてみると、パリッと焼かれた皮は、香ばしく滋味深い味わい。中のクラムは酸味がありますが、皮の部分と口のなかで混ざり合うと、深みがどんどん増し、ずっと味わっていたくなるおいしさです。
人の心に働きかけるパンを
隆志さんがパンづくりに興味を持ったきっかけは、高校生の時に読んだ「焼きたて!!ジャぱん」という漫画でした。漫画の中のレシピを頼りに生まれて初めてパンを焼き、学校に持っていくと、思いのほか友人がとても喜んでくれたのだそう。「自分がつくったもので相手が喜ぶ」そんな経験を嬉しく思った隆志さんは、専門学校の製パン科に進み、その後は大阪のパン屋さんで修業と、パンづくりの道を歩むことになりました。

パンが最も多く並ぶのは開店時。2時頃には残り少なくなるので、お早めに

さっぱりとした生地に、蜂蜜漬けのクルミがアクセントになった「くるみのハチミツ漬け」。蜂蜜をクルミにしっかり吸わせることで、生地に蜂蜜が溶け出ないように工夫

「羊羹みたいなパン」という、その名も「ヨカン」。羊羹みたいに身が詰まってしっとりもちもち、粉の甘味が濃厚に感じられます
「自分がつくったもので人が喜ぶ」そんな体験が出発点だった隆志さんにとって、パンを介した人とのコミュニケーションは、依然として大切なこと。
「パンを食べたお客さんが、コイツこんなこと考えているのかとか感じてくれたり、パンを通してお客さんと会話できたらいいですよねぇ。だから僕がパンをつくって奥さんが売るという、パンが直接お客さんに届くこのスタイルでずっとやっています。スタッフを間に介すると、僕の想いが届かない、またはちょっとずれるかもしれない、そういのが嫌だから」

人気がうなぎ上りでも、あえてスタッフは増やさず夫婦ふたりで
「人の心を動かさないと、自分がパンを焼く意味がないので。自分のパンに込めた想いを、食べた人に感じてもらいたい。だから、いま焼いているパンたちは本当に焼きたいものだけ、自分の好きなように焼いています。そっちの方が面白いし、仕事を通して人生が豊かになります。お客さんのことを考えてつくっているのは、『イチゴ』(ピンクの生地のパン)ぐらいですね(笑)」
絵画を見に美術館に行く、音楽を聴きにライブハウスに行く、それに近い感覚なのかもしれません。パンを食べることでつくり手の想いを想像し、共有する、そんなパンを介した特別な体験をしに、ぜひ「中村食糧」を訪れてみてください。

<撮影/山川修一 取材・文/諸根文奈>
中村食糧(なかむらしょくりょう)
電話番号(非公開)
10:30〜15:30 ※並ぶのは10時からとなっています
火・水休み
東京都江東区清澄3-4-20 FRAME102
最寄り駅:東京メトロ半蔵門線、都営大江戸線「清澄白河」
https://www.instagram.com/3ft.official/?hl=ja
https://nacamera.net/(通販サイト)
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