(『暮らしの中の二十四節気 丁寧に生きてみる』より)
正月の準備にとりかかる時期
正月事始は、正月の諸準備にとりかかること。かつては旧暦の12月13日(地域によっては12月8日)とされ、現在は、新暦で行われています。御事始、正月始、十三日祝ともいわれます。
煤払(すすはらい)、松迎へ、餅つき、年木樵*、飾づくり、おせち料理の用意、春着の支度など、新しい年に年神様を迎えるために、年の内から少しずつ準備を始めるのです。
*としきこり:新しい年に使う薪を伐ってくること
正月事始の最初に行うのは煤払、つまり大掃除。起源は平安時代の宮中まで遡りますが、江戸時代になると江戸城で12月13日に煤払をしていたことから、庶民もそれに倣ったのだとか。
囲炉裏や竃、行灯の使用によって家の中に溜まった一年分の煤を払い、穢れを落として清める神事的な行事でもあリます。
関西では、花柳界や芸能の世界で、事始に師匠や家元へ鏡餅(事始の餅)を持って挨拶に行く習慣があります。弟子から師匠へ、分家から本家へ年末の挨拶をする「歳暮」の贈答も、この日に始まる地域が多いです。
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俳句で味わう季節の移ろい
ここで「正月事始」にまつわる俳句を一句。
挨拶に訪れた家の上りはなに、畳がよい香りを放った。正月用に畳を張り替えたのだろう。年の瀬の慌ただしい雰囲気の中にふと感受した「ハレ」の気が、畳の香に収歛(しゅうれん)されている。事始の一日の緊張感と華やぎが見事に表現されている。
こばやし・たかこ 1959年長野県飯田市生まれ。79年に信州大学人文学部に入学、専攻は国文学。81年、信州大学学生俳句会、岳俳句会に入会し、宮坂静生に師事。2003年 第58回現代俳句協会賞受賞。現在「岳」編集長。現代俳句協会副会長、現代俳句大賞選考委員、俳文学会会員、日本文藝家協会会員。2020年第8回星野立子賞受賞。
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もう一句。
門松をはじめ、御節料理や雑煮を煮炊きするための薪など、正月に必要な木を山から伐り出してくることを「松迎へ」という。新しい年の年男が、恵方にある山へ入って行う。
日頃は子供の声などしない谷山に、子供たちの明るい声が響いている。松迎への大人に付いて子供たちも山へ入って遊んでいるのだろう。こうやって年中行事は次の世代に引き継がれていく。
自然も人も新年を迎える特別な気分の中にある。
もり・すみお 1919年生まれ。加藤楸邨(しゅうそん)に師事、「杉」を創刊・主宰。78年、『鯉素』で読売文学賞受賞。87年、『四遠』で蛇笏賞受賞、87年、紫綬褒章受章、93年、勲四等旭日小綬章受章。97年、『花間』『俳句のいのち』で日本芸術院賞恩賜賞受賞、同年、日本芸術院会員、2001年、勲三等瑞宝章受章、2005年、文化功労者。2010年没。
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日本人がいかに自然を細やかに観察し、四季の移ろいを愛で、日常の中に取り入れて暮らしてきたかが、俳句からもわかります。
節気や節句、伝統行事などの真義を見つめ直し、日々の暮らしの中で意識して実践することで、先祖たちの生きざまに思いを馳せ、自然との深いつながりに気づき、私たちの日常がより豊かになるものと信じて。
当記事は『暮らしの中の二十四節気 丁寧に生きてみる』(春陽堂書店)からの抜粋です
著者/黛まどか
俳人。神奈川県生まれ。2002年、句集『京都の恋』で第2回山本健吉文学賞受賞。2010年4月より一年間文化庁「文化交流使」として欧州で活動。スペインサンティアゴ巡礼道、韓国プサン-ソウル、四国遍路など踏破。2021年より「世界オンライン句会」を主宰。現在、北里大学・京都橘大学・昭和女子大学客員教授。著書に、句集『てっぺんの星』、紀行集『奇跡の四国遍路』、随筆『引き算の美学』など多数。
『Web新小説』連載の「俳句で味わう、日本の暮らし」で扱った雑節、五節句、行事の19章に、俳句誌『春野』掲載の「節気に暮らす」二十四節気の原稿24章を合わせて書籍化。名句を鑑賞しながら、美しい日本の季節の言葉を味わうエッセイ。