食べ歩き、飲み歩きを趣味とし、テーマに沿った推薦店を手製「ミニコミ」に掲載していた都立浅草高等学校、国語教師の神林桂一さん。挙げるのは「観光客の知らない浅草」と称する自身の偏愛店ばかり。その独自の店選びの方法とは?
(『神林先生の浅草案内(未完)』より)
有名ランキングサイトに左右されない、情報収集力と行動力
教員生活43年。食べ歩き、飲み歩き歴46年。都立浅草高等学校、国語教師の神林桂一さんは、職場の若い先生たちに浅草の深い食文化を伝えるべく、手製の「ミニコミ」を発行していました。
テーマは、「浅草にいる間に行くべき店 決定版!」「浅草周辺ご飯物ランキング」「浅草周辺肉類ランキング」などさまざまで、登場する店も順位もその時々で変動します。
情報のソースは、書籍、雑誌、テレビの情報番組、グルメサイト、さらには個人ブログまでをくまなくチェック。
自作のデータベースには行った店・約9,200軒を含む1万5,000軒の店や食の情報が整理され、毎日早朝6時、デッキや外付けHDD計4台に録りためた番組をチェックすることから1日を始めていました。
時に、自転車で浅草の街にランチに繰り出しては、新店開業の気配に敏感に反応し、酒場の店主や客との会話からも生きたネタを仕入れました。
有名ランキングサイトに代表されるような、一元的な情報のみに頼らず、実際に訪ねて、食べて、飲むことで神林先生の情報は蓄積されていったのです。
店選びは独自の審美眼。どの店も違って、どの店もいい
2021年11月、「ミニコミ」の一部である「浅草ランチ・ベスト100」編と「ひとり飲みの店ランキング」編が1冊の本にまとめられました。
本に登場する店もまた有名無名は関係ありません。神林先生の独自の審美眼で選ばれた店ばかりで、地元民でも知らないようなニッチな情報や隠れた名店が登場します。
神林先生は掲載店の魅力を端的に伝えるべく、店名とひと言解説に加えて、マークを添えて表記していました。
たとえば、ランチ編「浅草ランチ・ベスト100」に添えられるマークはこんな具合です。
[★] 2019年10月の消費税10%への増税時に値上げなし
[歴] 創業からの長い歴史、継いできた伝統がある
[味] 料理の味がよかったり、食材選びに心を砕いている
[人] 女将や大将など、お店の人が魅力的である
[雰] 店の佇まいや店内に、渋くて落ち着いた雰囲気がある
[独] 店の存在感やメニュー構成に独自性がある
[女] 女性に推薦したいポイントがある
[C] コストパフォーマンスに優れている
(※「ミニコミ」発行当時の基準となります)
このマークを添えていることからも、店選びが一元的でないことがわかりますね。
生前、神林先生が語っていたのは、こんな言葉でした。
僕が「ミニコミ」で紹介しているお店の数々は、あくまで僕の偏愛店です。僕はこう思うけど、あなたはどう思う? という投げかけです。同じ感想じゃなくていいんです。懐深い浅草で、どうぞ、あなたの偏愛店を見つけてくださいね。
〈撮影/大沼ショージ、萬田康文(カワウソ)〉
神林 桂一(かんばやし・けいいち)
1954年5月26日生まれ。東京都出身。教員生活43年。食べ歩き、飲み歩き歴46年。都立一橋高校時代から食のランキング・ミニコミを刊行(おもに職場で配布)。下町エリアを中心に酒場、定食屋、バー、和・洋・中・エスニック料理店、その他と守備範囲は広範囲に及ぶ。なかでも“お母さん酒場”には並々ならぬ情熱を持つ。食にまつわる書籍、雑誌、テレビ番組、ランキングサイトなど、リサーチにも余念がなく、自作のデータベースには行った店・約9200軒を含む1万5000軒の食の店や食の情報が整理されている。2020年8月24日逝去。
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著者の神林桂一さんは、職場の若い先生や同僚たちに、浅草の深き食文化を知ってもらうべく、愛機のワープロ「文豪」のキーボードを叩き、わら半紙に刷り出した『ミニコミ』を発行。「ランキング」と謳ってはいるものの、載っているのは偏愛店ばかり。どの店も違って、どの店もいい。この本は、37号にわたって発行した『ミニコミ』より「浅草ランチ・ベスト100」「ひとり飲みの店ランキング」を元に、神林先生が足繁く通った店を紹介しています。
これからますます意欲的に飲んで、食べて、さらには情報発信を、と意気込んでいた矢先、神林先生は突然、この世を去りました。『神林先生の浅草案内(未完)』は、更新されることのない途中経過の記録であり、店へのラブレターであり、浅草の食文化が垣間見られる教科書の一遍であり、観光客の知らない浅草を知る案内でもあります。神林先生の愛した浅草に足を運んでもらえたら幸いです。