(『天然生活』2020年8月号掲載)
心地よさをまんなかに、視点を変えて、視野を広げて
安斎家の畑の面積は、2反(2000平米)。そこで、実に20種類ほどの作物を、主に伸也さんひとりで無肥料・無農薬で育てています。
「私たちは、環境に負荷をかけずに、個人レベルで続けられる農的な営みを模索していますが、そのためには、自分たちが楽しくて心地よいと感じる規模であることも大事。福島の果樹園で行ってきた慣行栽培では、大きくておいしいものを収穫するために、途中で間引く作業をします。
でも、北海道で野菜をつくるようになってからは、その間引いたものにも、恩恵があることに気がつきました。たとえば雑草取り。取った草を調べると、そのほとんどがハーブだったりするんです。この発見自体もとても楽しい。間引きさえ、もはや“収穫”なんです」
ふだんの暮らしのなかにも“収穫”はいっぱいある
草取りをしていたつもりがハーブを摘んでいた、なんて、とても素敵な「勘違い」です。そして、これはなにも田舎暮らしでしか得られない特権とは限りません。
「ごみと思えるものも、別の人からしたら宝物に見えるかもしれない。視点をちょっとずらすだけで、いつもの散歩道にも豊かな恵みがあるかもしれませんよ」
震災でいろいろなものを失い、なんの後ろ盾もなく来た北海道で、こうして楽しく、たくましく暮らすふたりの言葉以上に、力強いものはありません。
「一見そうだとは見えないものも、収穫物だとみなす目を養うこと。また、手づくりをすることで、その視野を広げていくこと。それが、『あるもので楽しんで暮らす』ということだと思います。そうすれば、世の中は収穫物であふれている、と気づくはずです」
安斉さんの家で楽しむ工夫
自然の恵みを頂戴する
自然界では、人が手を加えずとも育つ恵みがいっぱい。自分たちの森では、春にイタヤカエデからメープルシロップを採取するほか、山菜やきのこも自生するそう。
あるとき、あんざい果樹園のりんごジュースが勝手においしく発泡していたという「ホームサイダー」は、自然界にいた酵母菌による贈り物でも。
その恵みに感謝し、周りにも分け合いながら、10年以上、大切に酵母をつないでいます。
安斉さんの家で楽しむ工夫
リノベーションは過程も楽しむ
「ひと部屋だけ大工さんと一緒に断熱材を入れたほかは、自分たちで少しずつ手を入れています」
体育室も備わった大きな建物を、「DIY以上、大工未満」の心意気で改装中。漆喰が足りなかった部屋は色の違いを楽しみ、下地材を貼り終えた部屋は、「汚れたり飽きたら塗ればいっか」と、しばらくはこのまま使う予定。
過程が楽しめれば、完璧も求めることも、完成を急ぐ必要も、ありません。
〈撮影/古瀬 桂 取材・文/遊馬里江〉
「たべるとくらしの研究所」 安斎伸也さん・明子
(たべるとくらしのけんきゅうじょ/あんざい・しんや、あきこ)
北海道・蘭越町で、食と暮らしを研究中。加工品は、オンラインストアにて不定期で販売。月に1度、札幌の「庭キッチン」の厨房を担当。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです