(『天然生活』2018年9月号掲載/『天然生活web』初出2019年8月19日)
桧山タミさんの暮らしの心得
朝の梅干しは健康のお守り
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昭和40年の梅干し。長期間保存するときは4割の天然塩で梅を漬ける
毎朝、番茶に梅干しをひと粒入れて飲むのが桧山さんの習慣。生まれつき病弱でしたが、いまでは胃腸の調子もよく、血圧も問題ありません。
昔から「朝の梅は難のがれ」といわれていて、「宝石よりも古い梅干し」と桧山さんはいいます。
乾いて塩の結晶をまとった古い梅干しは、まさに尊い宝物のようなもの。これにお湯を注いでしばらくおくだけで、滋味あふれる素晴らしい味の汁となります。
風邪のひきかけに、よくあぶった古い梅干しを熱い番茶に入れて飲むと、体が芯から温まり、汗がどっと噴き出して、治りが早くなります。せきや喉の痛みにも効くそうです。
朝の乾布摩擦で、すこやかに暮らす
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乾布摩擦には、背中もこすれるように、ひも付きのたわしを使う。痛くはなく、心地よい刺激
桧山さんは、朝起きてすぐ、棕櫚(しゅろ)のたわしで乾布摩擦をします。医師だったお兄さんが、「血行がよくなり、病気予防の効果がある」と患者さんに勧めているのを耳にして、自身もやってみたのが始まり。
「40歳のころからなので、まだ50年です」。ごぼうを洗うようにザッザッと素早くこすると、20分ほどで体の芯から、ほかほかしてくるそう。
—桧山さんが教えるのは、「すこやかな体をつくるための家庭料理」。だから自分自身が病気になってはいけない—そういう思いで、日々の家事によって体を動かし、なるべく土の上を歩くようにして、健康を維持。今日も元気に暮らしています。
土を大切に、自然とともに生きる
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息子さんが届けてくれた自然栽培のらっきょうを桧山さんが漬けたらっきょう漬け
「鳥や草花と同じく、自分自身も自然の一部と思って生きていたい」。桧山さんは、そんな思いをもち、四季に合わせた、料理をつくりつづけています。
だから、「台所を預かる人は土と結びついていてほしい」といいます。土に育まれた野菜も同じ大切な命であることや、生産者の方たちの苦労を少しでもわかるように。
子育て中、子どもたちに野菜を育む土の大切さについて、常に伝えてきたそう。ふたりの息子さんは、いま、自然栽培で野菜を育てています。かつて土の大切さを説かれていた息子さんたちがつくった野菜を、いま、桧山さんは料理し、食べているのです。
物をむだにせず、感謝して
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厚めにむいた大根の皮からつくった切り干し大根
桧山さんの台所にはキッチンペーパーはなく古い布を小さく切って使っています。卵の殻は細かくして鍋の汚れや水垢の掃除に使い、そのあと、植木の肥やしにします。
野菜の皮は干して料理に活用します。お日さまの力で味が凝縮し、うま味が増すのです。
なすは、使うたびに、残ったガクに糸を通して干しておき、黒豆を煮るときに一緒に入れます。そうすると、きれいな色がつくのです。しかも豆と煮たなすのガクそのものが、とてもおいしいそうです。
生徒さんたちは、料理教室で出る生ごみの少なさに、一様に驚くといいます。
道具はていねいに扱い、長く使う
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大きな竹ざるの縁の部分を、ひもを使って修理し、使いつづけている
桧山さんは調理道具をとても大切に扱っています。日本で昔から使われてきた木や竹の道具は、けっして壊れやすいものではなく、手入れさえきちんとしていれば長持ちするといいます。
木のおひつや寿司桶は必ず陰干し。もし、たがが少しゆるんできたら、とっておいたかまぼこの板を使って、叩いて締めるそうです。
竹ざるも、桧山さんが大好きな道具のひとつ。弾力があって強く、湿気をよく吸うので、水切れがよいのです。米や野菜の水切りだけでなく、洗った木の道具も、竹ざるの上で乾かします。
長い間、使い込んだざるは、修理できるところは自分で修理し、使いつづけます。
ブランドのバッグより鍋がいい
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「70年ほど前に江上トミ先生からいただいた」という銅鍋。たっぷりとした厚みで、風格がある
「ブランドのバッグより、おいしいものをつくれる鍋がいい」。よい鍋があれば、おいしいものを何度でもつくって、家族を喜ばせることができます。流行のバッグは一時的な幸せですが、よい鍋は一生の幸せです。
料理をつくる際に出番が一番多いのが銅鍋。熱の当たりが柔らかく、均一に火がとおり、煮くずれせずに味がよくしみます。洗ったあとに温めて水けをとばして乾かせば、緑青は出ません。梅干しのしそなどでふけば、銅本来の色に輝きます。
「お値段は張りますが、一生ものどころか次の代でも使いつづけられる鍋。ずっとおいしいものをつくれるのですから、むしろ、お買い得ではないでしょうか」
最高の調理道具は「火」です
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1960年代に東京・御徒町の店を通じて輸入したル・クルーゼの鍋
桧山さんの台所には、IHクッキングヒーターも電子レンジもありません。「電気の熱とは気が合わない」そうです。
調理はガス火が中心ですが、七輪などを使って炭火で調理することも。仕上がりがまったく違い、ぐっとおいしくなるといいます。
冷凍したごはんを温めるときは、せいろで蒸します。電子レンジより数分、時間がかかりますが、そのふっくらしたおいしさは、電子レンジで温めたものとは比べものになりません。「面倒でも、おいしいほうがいいのです」といいます。
トーストも七輪で焼くと絶品だそう。ガス火や炭火の柔らかな波動は、先生が愛用する銅鍋や鋳鉄鍋とも相性が抜群です。
「ほんとう」がある料理と人生を
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喉の調子がすぐれない日は、大根のはちみつ漬けでいたわる
桧山さんの料理教室のことを、生徒さんたちは、こっそりと「人生塾」と呼んでいるそう。もう50年も通っている方も。その魅力は、桧山さんの生き方を身近に感じることができるというところにあります。
自然に寄り添い、常に感謝の気持ちをもって、大らかに明るく、手を動かし、五感を使ってすこやかに生きる—そんな桧山さんの暮らしと感性に触れることで、日々の苦しさから解放され、生き方が変わる、という方も多いそう。
桧山さんの料理と生き方には、いつも変わらない「ほんとう」がある、と生徒さんたちはいいます。それを心のよりどころにすることで、人生が豊かに開けていくのです。
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台所には、いちょうの木のまな板や竹ざる、銅鍋など、長年使い込んだ、お気に入りの調理道具が並ぶ
桧山タミ(ひやま・たみ)
1926年、福岡県生まれ。17歳から料理研究家・江上トミ氏に師事。30代半ばで独立。52歳のとき、現在の地に「桧山タミ料理塾」を移し、40年になる。著書に、愛情と自然の恵みを大切にする家庭料理のありようと、生き方の哲学を余すところなく記した『いのち愛しむ、人生キッチン』、小学校で行った授業をもとに幸せな未来のための話を集めた『みらいおにぎり』(ともに文藝春秋)がある。
<撮影/繁延あづさ 取材・文/土屋 敦>
写真家。兵庫県姫路市生まれ。桑沢デザイン研究所卒。雑誌や広告で活躍する傍ら、ライフワークである出産撮影や狩猟に関わる撮影、原稿執筆などに取り組んでいる。長崎県在住。著書に『うまれるものがたり』『長崎と天草の教会を旅して』(共にマイナビ出版)他。現在『母の友』(福音館書店)、『kodomoe』(白泉社)で連載中。 webマガジン『あき地』(https://www.akishobo.com/akichi/)では、『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)を執筆連載中。
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※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
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