(『天然生活』2022年2月号掲載)
ひとりで生き、ひとりで死ぬ。覚悟をもった暮らしを
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
竹を割ったような。そんな表現が当てはまる、さっぱり、まっすぐな性格の松田美智子さん。「大切な人を失くしたときの話」も、決して感傷に溺れることなく、ある雨の夜、淡々と話してくれました。
夫を見送ったのはいまから7年前。5年間、病気を患った末の往生でした。「そのとき」がくるのは、発病した時点でわかっていたこと。けれど、タフな心の持ち主ゆえ、すぐに覚悟をし、事態を受け入れたようです。
「夫を亡くしたことに対して、『つらかったでしょう?』といわれることもあるけれど、突然に亡くした方とはまたちがう心境なんです。病気がわかってから、少しずつ心の準備はしたし、そうせざるを得ない状況だったので……」
病に臥せる夫を傍らに、松田さんに課せられたタスクは、夫が多数抱えていた仕事の整理をすること。料理の仕事をし、病身の夫のケアをしながら、慣れない山に登る作業は思いのほか大変でした。
交渉、処分、処理、手配……。目の前の山はとにかく険しく、経験を持ち合わせていなかった松田さんにとっては、過度な負荷がかかりました。
「ものすごく大変で、必死だった。だから、当時のことはあまり人に話したくないというのが正直なところなのよ」
その当時、料理の仕事は14時までで終了。それから病院に行ったり、夫が抱えている仕事の処理をしたり……。ハードな状況にいる松田さんのことを、周囲は案じていたかと想像しますが、実際、その過酷さを真に理解している人はあまりいませんでした。
「本当に辛いときって、人に喋ったりできないものなのではないかしら? それに私自身、大変だって思われたくなかったんです」
台所に立つとき、取材を受けるとき。「オン」の場面では、いつもの華やかで、明晰な「松田先生」であり続けたのです。
ひとりで生きていくため、住まいを小さく新設
看取りの末、迎えたひとりの人生。松田さんはいま、暮らしが新しい章に入ったと、実感していると話します。
「ひとりで寂しい部分もあるし、ひとりだから自由と感じるところもあるし、一長一短です」
長い人生で出会いや別れを重ね、人は人に支え支えられ生きていくものです。でも、「人って、結局はひとりで生き、ひとりで死ぬもの」と、冷静で俯瞰した視点を松田さんは一貫して、もち続けています。「自分に対しては自分で責任をとらないと」といい切り、「人に寄りかからない」生き方を目指しているのです。
「母も父も介護の末、見送り、子どももいないし、いまは本当のひとり。長年、家族のケアをしてきたので、私自身は絶対に『人に迷惑をかけたくない』という思いが強いです。老いていくこと、死に向かうための準備は、しておかなければいけないんだなと、夫の最期をみて学びました」
さて、ひとりになり、松田さんが新たにしたことがふたつあります。ひとつ目は引っ越し。かつては分かれていた仕事場と住居をひとつにした新しい住まいづくりを数年前に行いました。
「新しい家をつくるとき、私なりの“終活”を考えました」
ひとりになったいま、自分がどう生きていきたいのか? を考え抜いたのだといいます。そして決まったテーマは「台所に住む」。「人をもてなすことが好き」という原点に立ち返り、台所を暮らしの中心に据えました。
新しい家ができるまでの間に、身軽になるための処分をし、持ち物は随分と淘汰されました。そして、それら道具や食器などはすべて戸棚の中に収納。
目に入るのは、夫が遺したアートと、季節のしつらいのみの美しい住まいです。
「アートを集めるのが趣味だった夫が遺してくれたものから、本当に好きなものだけを選びました。お気に入りだけに囲まれて暮らすのは幸せなことです」
さて、もうひとつの「新しく始めたこと」は、犬との生活です。ラブラドゥードルのググを2021年の2月、新居に迎えました。
「小さいころから、常に犬がそばにいる暮らしをしてきました。でも、夫との生活ではさまざまな理由で諦めていたの……」
30年ぶりの犬との暮らし。ググの出現で、日々の活動量が増え、発見や出会いの多い日々となったとうれしそうに語ります。
大切な人を失くしても、残りの人生は続く。もうこんな歳、まだこんな歳。どうとらえるかは自分次第。前向きに、「その後の人生」を歩む松田さんに勇気を得ます。
「自分の引き出しをもっと増やしたいと、料理の勉強を改めてしています。料理教室では外国人生徒さんのクラスもあるのですが、英語力アップのために留学したいと模索しています。海外で料理のレッスンを開くのもいいですね」
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<撮影/萬田康文 取材・文/鈴木麻子>
松田美智子(まつだ・みちこ)
素材のおいしさを生かした合理的で美しい料理が人気。調理道具や器のプロデュースも。近著は『普段もハレの日も作りたい、家族が喜ぶおすし』(文化出版局)。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです