(『天然生活』2022年7月号掲載)
まっすぐに生きるための選択肢として別れがあってもいい
随筆家・山本ふみこさんの離婚と再婚の長い物語に入る前に、まずは、登場人物の紹介をさせてください。
――ふみこさん(本人)、代島さん(現夫)、むーくん(元夫)、梓さん・梢さん(ふみこさんとむーくんとの娘)、栞さん(ふみこさんと代島さんとの娘)、ゆりりん(むーくんの現妻)、桜さん・槇さん(むーくんとゆりりんとの娘)、遊菜さん・萌さん(代島さんと前妻との娘)。――
たくさんの人が登場し、複雑な家庭事情を想像して、身構えましたよね? でも、心配ご無用。この物語は、一貫してハッピーで拍子抜けするくらいおおらかなものですから。
「ちょうど最近、メンバー全員がこの家に集まりました」
開口一番そう告げられ、取材陣は戸惑いました。別れた夫や、その夫の妻や娘が? 全員集合?
「そそ。大事な一族が」。「さもないこと」という話しぶりに、固定観念(離婚=別れ)が揺らぎます。そして、なんだか面白そう。まずは、離婚のときの話を伺いましょうか。それは、ふみこさん31歳のときのことです。
「何かが嫌だったとか、いさかいがあったとかではないの。『なんで?』って、友人たちにも聞かれて、考えるのですけれど……。自分に噓はつけなかったというのが大きな理由かなあ」
そのとき出版社に勤めていたふみこさんですが、会社を辞めて、独立して仕事をしようと決心。けれど、それはむーくんの理解できる生き方ではないかもしれない。
「この人とは、自分が思うような家庭生活は築いていけないな」、そう思い至ったのです。青天の霹靂。別れを切り出されたむーくんは、そういいました。
でも、こうと決めたら実行、そんな妻のことをよく理解していたゆえ、物事は穏やかに動きました。離婚し、勤めを辞め、小さな子どもと3人の暮らしが始まりました。「それはまるで、大海に小さなボートでこぎ出す感じ」と当時を振り返ります。
「子どもに申し訳ないという気持ちはありませんでした。長女が6歳、次女が3歳で、不思議だったとは思うけれど……。自分に噓をついて生きられないですよね。機嫌よく楽しく生きるのが私の人生の目標。そうしたら、離婚もそれをかなえるためのひとつの選択だと思えたのです」
そのとき、当面の仕事のアテはなし、貯金も少し。普通に考えたら、不安で眠れなくなるような状況ですが、そんなことで沈むボートではありません。
梓さんが話してくれた思い出話が象徴的です。
「お祝いごとに母がつくってくれた『おめでとうごはん』というメニューがあって、大好物だったんです。でも、大人になって振り返ると、あれはお金がないゆえの工夫料理だったんですよね……」
ケチャップで炒めたごはん(具なしチキンライス)に、小麦粉と牛乳、バターでつくったホワイトソースをかけたオリジナル料理。
「紅白だからおめでたいでしょ、だから『おめでとうごはん』よって」
姉妹はそれを大喜びで食べ、「貧乏だとは感じなかった」と笑います。なんと豊かでたくましい。「毎日を機嫌よく過ごす」がモットーというふみこさんらしい、暮らしの知恵です。
うまくいかなかったらそのとき考えればいい
そんなこんなで、母ひとり、子ふたりでつつましいながらも楽しく4年ほど暮らしていましたが、新しい出会いが。映像の仕事をする代島さんとは、仕事を通じて出会いました。同じ感覚をもった人で、「この人とは一緒に暮らしたい」と感じたそうです。
再婚するときに、だれかがいいました。
「子どももあるのだし、うまくいかなかったらどうするの?」
そのとき、不思議に思ったそうです。
「うまくいかなかったら、そのときに考えればよくない?」
たいていの人は、何か事を起こすときにさまざまなルートを考え、それぞれどんなふうに進むのかシミュレーションします。それで、ああでもないこうでもないと悩み、ときには思い切った選択を諦めるということも……。
けれど、ふみこさんにその過程はありません。世間体に縛られることもなし。
「予告編で悩んでいる人が多いのでしょうか? 物語を先回りしてつくって、悩んでしまうというか。私には一切それがないんです。再婚して、『やっぱり合わなかった』と思ったなら、そこで手を打てばいい。実の家族だって相性が合わないということもあるんだし、それはもう縁なのです」
ふみこさんは再婚を果たし、むーくんもゆりりんという新しい伴侶を得ました。
それぞれが新たに幸せな家庭を築きましたが、特別なのは離れてしまった家族同士が心を通わせ、しっかりとつながりつづけていたこと。
<撮影/柳原久子 取材・文/鈴木麻子>
山本ふみこ(やまもと・ふみこ)
随筆家。『家のしごと』(ミシマ社)ほか、著書多数。長年続く、ブログ「ふみ虫、泣き虫、本の虫。」では日々の徒然を愉快に更新。娘の梓さんとのおしゃべりが楽しい「うんたったラジオ」(スポティファイで配信)も好評。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです