• 2011年に東京から岐阜に移り住み、服づくりを行っている「石徹白(いとしろ)洋品店」の平野馨生里(かおり)さん。交通の便が悪く、冬は雪深いけれど、生活も楽しみも自給自足しているような暮らしにひかれて移住を決意したといいます。そんな平野さんに、服づくりを始めたきっかけや、岐阜に移り住んでからの暮らしについて伺いました。
    (『天然生活』2021年3月号掲載)

    自然の豊かさを享受し、受け継いでいく暮らし

    「はじめて石徹白(いとしろ)に来たときは、こんな山奥に本当に人が住んでいるのかな、と思いました」

    そうにこやかに語るのは、岐阜県郡上市石徹白地区で、石徹白洋品店を営む平野馨生里(かおり)さんです。

    画像: 藍染の木綿生地をたつけ用にカットする平野馨生里さん。店舗は、古材を利用し、断熱材は使わず、壁を2枚にして断熱性能を高める等、日本の昔からのつくりで建てられた

    藍染の木綿生地をたつけ用にカットする平野馨生里さん。店舗は、古材を利用し、断熱材は使わず、壁を2枚にして断熱性能を高める等、日本の昔からのつくりで建てられた

    学生時代、持続可能な暮らしについて研究していた平野さんは、卒業後も仕事のかたわら勉強を続け、仲間とともに水力発電のリサーチのためにこの地を訪れました。

    「空が広くて、水も空気もきれいで、食べ物がおいしくて。集落のみなさんとの交流が始まると、何気ない会話がとても面白くて、ずっと笑っていました」

    交通の便が悪く、冬は雪深いけれど、生活も楽しみも自給自足しているような人たちにひかれ、ともに活動していた夫と移住を決意。

    画像: 石徹白洋品店の外観。石徹白地区は縄文時代から続く集落で、峠道により隔絶されているため豊かな自然と穏やかな農村風景が残る。冬は雪に覆われ、石徹白の地名は「いとしろし」から来ているとも

    石徹白洋品店の外観。石徹白地区は縄文時代から続く集落で、峠道により隔絶されているため豊かな自然と穏やかな農村風景が残る。冬は雪に覆われ、石徹白の地名は「いとしろし」から来ているとも

    東京では広報の仕事をしていましたが、石徹白では近くに縫製工場があり手先の器用な人が多いため、自分も洋服をつくろうと、移住前に2年間、洋裁を学んだそう。

    「一般的な服づくりでは、はぎれがたくさん出ます。工場ではそれがごみとして捨てられていることに疑問を感じていました。あるとき移住前からお世話になっていた方のご自宅で古いたつけを見せてもらい、転機になったんです」

    画像: 草木染めはやさしい色合い。できる限り石徹白で採れる身近な植物を使って染めている。「子どもと山に栗拾いに行き、実は食べて、いがを染め材に使ったり。草木染めは、自然の恵みの豊かさを実感します」

    草木染めはやさしい色合い。できる限り石徹白で採れる身近な植物を使って染めている。「子どもと山に栗拾いに行き、実は食べて、いがを染め材に使ったり。草木染めは、自然の恵みの豊かさを実感します」

    むだの出ないものづくりの気持ちよさ

    「たつけ」は石徹白で古くから伝わるズボンのようなはき物です。直線断ちでつくるため、細かいはぎれが出ません。

    「昔の人は布を大切にしていたんですよね。失われつつある素晴らしいものを受け継ぎたい、広めていきたい、と思いました」

    画像: 藍染のたつけとスカート。材料は自然のものだけなので、染める時季などで、その時にしか出ない色合いに

    藍染のたつけとスカート。材料は自然のものだけなので、染める時季などで、その時にしか出ない色合いに

    こうして始めた石徹白洋品店では、布を使い切るだけでなく、草木染め等、環境負荷の小さい服づくりを行い、評判を得ています。

    「藍染めで使う藍は畑で種から育てて5年目です。以前は寒さに負けていましたが、最近は土地に合ってきてよく育つようになりました。

    ひと粒の種が染め材になることに毎回神秘を感じますし、種さえあれば大丈夫という安心感につながっています」

    画像: 日本で昔から青色の染料とされてきたタデ藍。種を熟成・乾燥させて、ここでは5月初旬に種まきをする

    日本で昔から青色の染料とされてきたタデ藍。種を熟成・乾燥させて、ここでは5月初旬に種まきをする

    画像: 藍の絣織りの古布。藍で染まっていない白い部分だけ虫に食われていて、藍に防虫効果があることがよくわかる

    藍の絣織りの古布。藍で染まっていない白い部分だけ虫に食われていて、藍に防虫効果があることがよくわかる

    ウール製品も扱うため、原料について学びたいとヒツジを飼うなど、勉強を怠らない姿勢も真摯な服づくりにつながっています。

    「昔のものは素晴らしいけれど、残念ながら着物で生活している人は少ないように、そのままでは持続しづらいんですよね。いまの感覚や価値観に合わせ、思想は受け継ぎつつ創造していく、飽きることなく考える努力を続けたいです」

    家では3人の息子さんを育てるお母さんです。毎朝8合のお米を炊き、毎日食事づくりのことばかり考えていると笑います。

    「野菜は畑で育てていますが、もらえることも多くて助かります。子どもたちは山できのこ狩りを楽しむなど、土地のものを大切に、愉快にたくましく育っているので、よかったなと。4人目を妊娠中なので、生活はますますカオスになっていくことを覚悟しています」

    昔は頭でっかちに、サスティナブルな暮らしとは何か? と考えていたという平野さん。自然の豊かさを享受し、自分の手でものをつくり、喜びにつながっていくといういまの毎日こそが、持続可能な暮らしの実践だと感じています。

    画像: 石徹白では住民出資の水力発電で集落の電気使用量の200%以上を発電している。最も古くからある発電法で、環境にやさしい

    石徹白では住民出資の水力発電で集落の電気使用量の200%以上を発電している。最も古くからある発電法で、環境にやさしい

    冬は薪ストーブで調理を。地域に伝わる郷土料理や保存食も楽しんで

    薪ストーブ

    暖房は薪ストーブのみ。ナラは暖かく、杉はすぐに燃えるそう。

    「冬は1日煮炊きするので、エコですね」と平野さん。

    画像1: 薪ストーブ

    白菜と豚肉の塩漬けを炒めた料理は石徹白名物で、酸味とうま味が抜群です。

    画像2: 薪ストーブ

    おばあちゃんに聞いた、在来のかぶら漬け

    画像: おばあちゃんに聞いた、在来のかぶら漬け

    石徹白の在来種として知られる「いとしろかぶら」は、きれいな薄紫色で、ほんのり苦味のある野生的な味。

    多くの家庭で種から育て、冬の保存食として漬物にして食べられています。


    〈撮影/佐藤美穂(ディスカバリー号) 取材・文/長谷川未緒〉

    平野馨生里(ひらの・かおり)
    2011年に石徹白に移住。2012年5月に石徹白洋品店を創業し服の製造販売などを行う。3児の母。

    石徹白洋品店
    岐阜県と福井県の県境に位置する石徹白で、地域に伝わる服の形を基にした服づくり・販売を行う。

    岐阜県郡上市白鳥町石徹白65-18
    ☎0575-86-3808
    営業時間:平日10:00~17:00
    11月~4月は休業。詳細はwebサイトにて。
    https://itoshiro.org/

    ※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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