(『天然生活』2021年4月号掲載)
“おいしいもの”一筋の2代目による転換
ここで少し不思議なのが、味を継ぐべき3代目である真治さんが、和菓子職人にならなかった理由。
初代はもちろん、和菓子職人。2代目恒一さんも、父の背中を見て育った生粋の職人……でしたが、あるものとの衝撃の出合いをきっかけに、キクノヤの歴史が一変します。この出合いにこそ、“和洋菓子”で鳴らすキクノヤらしい、実にユニークなエピソードが隠されていたのです。

気軽な餅菓子から季節の上生菓子までがそろう和菓子のショーケース。少し離れた工房で2代目の恒一さんがつくったできたてを、そのつど運んでくる
戦後まもなく、恒一さんに衝撃を与えたもの。それは、生クリームを使ったケーキ。戦後、知り合いが持ってきた生クリームのお菓子をひと口食べて感動した2代目は、いてもたってもいられず洋菓子を学びに出かけ、まもなく店頭には洋菓子が並ぶことになります。
当時は初代も現役で和菓子をつくっていましたから、これこそが、いまに続く“和洋菓子キクノヤ”誕生の瞬間です。
だれもが「これからのキクノヤは洋菓子に舵を切る」と考えました。まさにそんな状況で、3代目はあえて家を出て、神戸や地元の名店で修業する道を選びます。
結果、より本格的な洋菓子がショーケースに並ぶこととなり、それを見届けた2代目は洋菓子を3代目に委ね、なんと自身は初代と同様の和菓子職人に戻ったのでした。

和菓子工房でつくった求肥を入れたシュークリームは、和洋菓子を扱うキクノヤならではの一品。カスタードクリームと求肥の意外な相性にびっくり

イベントのために製作した、知史さんの手による看板。トレードマークとして菊モチーフを入れ、素朴なお菓子のおいしさを表現するデザインを心がけた
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和洋菓子キクノヤ
三重県鈴鹿市若松北1-37-10
https://kikunoya1934.jp/
<撮影/村林千賀子 取材・文/福山雅美>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです