(『天然生活』2021年4月号掲載)
100年を超えて愛される店を目指して。続いていく小さな町のお菓子屋さん
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

派手さこそないものの、正統派のおいしさで地元の人々に愛されてきたキクノヤの洋菓子。定番のショートケーキのほか、季節のケーキ類が並ぶ。この時季は、いちごを使ったケーキが中心。注文に応じてホールケーキも
おいしいマドレーヌを買うのもここ、とっておきの上生菓子を手に入れるのもここ。三重県鈴鹿市、小さなこの町の界隈では、甘いものを食べたくなったら、駅から海へ少し歩いて、和洋菓子のキクノヤさんへ向かうのです。
家族の誕生日も、親戚が集う法事の席も。この町では、お菓子といえば、キクノヤさん。創業昭和9年。今年82歳になる和菓子職人の小林恒一さんは2代目で、“4代目”となる知史さんの祖父にあたります。
3代目である父の真治さんは神戸の名店で修業した洋菓子職人。キクノヤのショーケースに、和菓子も洋菓子も並んでいるのは、こんな理由からです。
はじめは1歩引いた視点でサポートをしていたけれど
知史さんは“4代目”といっても、純粋な職人としてここを継いだのではありません。職人としては、まだまだ見習いの身。なにしろ、そもそもは店を継ぐなんて考えていなかったのですから。
知史さんが、美術系大学を卒業して、就いた仕事はデザイナー。毎日を忙しく過ごしていましたが、生家である「和洋菓子キクノヤ」のことは、いつも心の隅に引っかかってはいたのです。

懐かしい佇まいの店舗。近所の人々が、徒歩で車で気軽に立ち寄る。「洋菓子を買いにきたつもりがつい和菓子を……」。もちろんその逆パターンも

駅から海の方向へ少し歩けばキクノヤの店舗、さらに進めば和菓子工房、そして海へたどり着く。創業以来、この海の町でお菓子をつくりつづける
それは、帰省するたびに目にする、幼いころとは変わっていく町の風景。車でモールに向かい、買い物のすべてを済ませる人たち。顧客の高齢化により、売れなくなっていく焼き菓子や誕生日ケーキ。
少しずつ、でも確実に売れ残る商品は増えていき、みずからの手でつくったものを廃棄しなければならない祖父や父の後ろ姿を目にするのは、とてもつらいことでした。
そこで彼女が出した答えは、キクノヤを職人とは違う観点から、客観的にアドバイスし、サポートすること。
「はじめは、私のスキルで……デザインの力で、何か貢献できるはずだと考えました。だって、祖父と父のお菓子は、本当においしいから。とにかく多くの人の目に留まり、この味を知ってもらえさえすれば、そして地元の方々にも、この味を思い出してもらえさえすれば、キクノヤはまた愛される店になる、と考えたんです」

あ・うんの呼吸で作業を進める2代目の祖父・恒一さんと4代目の知史さん。「あれこれと話をしながら、仕事を間近に見ることで多くのことを学んでいます」
ただ、本腰を入れて関わり始めると、自身でも予想しなかったわき上がる思いに驚き、抑えきれなくなりました。それは、自分はお菓子をつくる職人の血を引いた、“キクノヤの娘”であること。
「私が再びキクノヤに向かい合ったとき、痛切に感じたのは、“祖父が80歳を過ぎている”という事実でした。80という数字をあらためて突きつけられたときに、おじいちゃんの味を受け継いでいる人がだれもいないという事実に、ショックを受けたんです」

和洋菓子キクノヤ
三重県鈴鹿市若松北1-37-10
https://kikunoya1934.jp/
<撮影/村林千賀子 取材・文/福山雅美>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです