(『天然生活』2023年7月号掲載)
家庭第一、儲からなくてもとにかく続けよう
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
38年前、草木で染めた手紡ぎの毛糸をつくろうと『スピンクラフト岩泉』を仲間と立ち上げ、活動を続けてきた工藤厚子さん。
当初からのメンバーは年を経るごとに少なくなり、現在は工藤さんを含め4人に。

染色して乾かした毛を、ごみを除きながら手でほぐしている最中。この作業はひとりでは退屈で、数人で集まって行う。昔話に花が咲くが手は忙しく動く。発足当時からのメンバー4名に、数年前から地域の若手女性が4名加わった。「つなげてくれる人ができた」と工藤さん。「好きでなければできる仕事じゃないですから」
55歳で始めた工藤さんの毛糸づくり、夫からは快く思われていませんでした。それはほかのメンバーたちも同様。
そんな事情から「家庭第一にしましょう。集まるときに家の都合の悪いことがあったなら、その人は休んで当たり前」としました。
ずぶの素人が色を染めて糸を紡ぐ、そして売るのも自分たち。「何かあったら相談しなさい」と工業試験場の先生にいわれていたことである日、工藤さんは先のことを相談に行きます。

硬くなった毛を手でほぐし、ふわふわの状態にする。ふわりと軽く、やわらかな肌ざわりの毛糸に仕上げるための大事な作業
すると–––––
「『女性のグループはたいていもって2年だよ。5年も続けていれば、それで立派。いま国内でこれだけの毛糸をつくっているところはないんだから、このまま続けなさい』。その言葉が力になって、それで地味に、地味に続けてきたわけです。みんなも結局は好きだから続けたんでしょうね。農閑期や雨が降ったとき、農家の主婦が自由を楽しめるのはそういうときだったし、私はそういう人たちに年金にいくらかでもプラスになってくれればいいと思って。たいしたプラスでもなかったろうに、亡くなった人から生前『楽しい人生だったよ、工藤さん』といってもらえたことは、私にとっていい宝でした。スタッフがこの土地で歳をとって、よかったなとつくづく思います」
当初、羊毛は毛糸に向くコリデール種でしたが、いまは肉用に飼育されるサフォーク種を隣町のくずまき高原牧場から譲り受けています。
春には刈った毛を洗いますが、脂や汚れを落とすのは力のいる仕事。昔は当番制でしたが、いまは新たに加わった若い人たちに頼むそう。
染色は当初から工藤さんが担当し、これまで実にたくさんの草木で染めてきました。

ブルーベリーの枝で染めた毛は淡いグレー色。ほかの色とどう合わせて1本に紡ぐか、あれこれ思案するのも楽しい時間だとか
「奥が深いというか、いろいろな条件によって変わり、方程式にあてはまらない部分が多くて」
たとえば、切りたての枝を使うと色に輝きが出るとか、渋さを出すなら古い枝のほうがいいとか。
また、名もわからない草に案外いい色があったり、染めて1週間後に色が出てきたり。
同じ植物でも育つ場所によって出る色が異なり、土の作用、水質なども関係すると。

草木染めした手紡ぎ毛糸の色見本。あらゆるものが染料の材料となり、岩泉の自然の色彩がここに表現されている。化学染料とは異なる微妙な色とやさしい風合い。スピンクラフト岩泉では、こんな色の毛糸が欲しいというリクエストがあれば、染色した毛を混ぜ合わせて紡ぎ、その色をつくり出すことにもこたえてくれる
「思うような色が出ないときもあります。その出た色が、その時の色だと思うしかないんです。草木染めに失敗はないと、本で読んでからはラクになりました。すべてがそれでいい。手仕事に失敗はないんです」
スピンクラフト岩泉
代表・工藤厚子
住所:岩手県下閉伊郡岩泉町袰綿字本町40
電話:0194-25-4006
<写真/落合由利子 構成・文/水野恵美子>
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです