• 14年前の大震災、原発事故を経て生まれた福祉事業所。仕事づくりを模索しつづけるなかで見いだされたものとは。「交流サロンしんせい」から始まった活動は、やがて山奥の作業所へと広がり、非常食「山のにんじんカレー」が生まれます。震災の体験と、支援ではなく“仕事”をつくるという発想が結びついた、福祉の新しいかたちです。
    (『天然生活』2024年6月号掲載)

    山あいに、居場所をつくる

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです

    JR郡山駅から西へと走る車が市街地を抜け、冬枯れの平坦な田園地帯を通り抜けると、やがて車窓の眺めは山里の気配を濃くしていきます。

    木々と田畑、時折民家の連なる曲がり道を上る道すがら、ハンドルを握る「特定非営利活動法人しんせい」(以下「しんせい」)理事長の富永美保さんが、「いま通り過ぎた家が、集落の一番最後。もっと奥まで行きます」と笑って説明してくれました。

    その言葉どおり、細い山道を突き当たりまで進むと姿を現すのが、就労継続支援B型事業所(障がいのある人が雇用契約を結ばずに働くことができる障がい福祉サービス)の施設である「山の農園」です。

    美しい山並みを背にした段畑のかたわらには、秘密基地のような作業所が建てられ、この日の作業である「山のにんじんカレー」のパック詰めが、利用者各々の持ち場で淡々と、堅実に進められていました。

    画像: 震災直後の避難生活で直面した悩みを基にレシピ開発された、非常食にもなるレトルトの「山のにんじんカレー」。スパイスの香りと野菜の甘味で食がすすむ

    震災直後の避難生活で直面した悩みを基にレシピ開発された、非常食にもなるレトルトの「山のにんじんカレー」。スパイスの香りと野菜の甘味で食がすすむ

    2011年3月に起きた東日本大震災、福島第一原子力発電所の事故により、故郷、福島県双葉郡の8町村を追われた障がいのある人たちに居場所を開き、仕事をつくってきた富永さん。

    「復興バブルだった」と振り返る波が去り、事業の針路について悩みを深めていたころに出合ったのが、戦後間もなく、ひと組の夫婦によって開拓されたという山深いこの休耕田でした。

    現在、ここの利用者たちが手づくりする「山のにんじんカレー」は、人によっては6、7カ所を転々とせざるを得なかったという、避難生活のさなかの困難をレシピの種とした非常食。

    画像: 「山のにんじんカレー」は前日に調理し、十分に冷めた状態でパック詰めする。レシピは、「しんせい」の厨房業務全般を担当するスタッフ、丸山武彦さんが改善を重ねてつくり上げたもの

    「山のにんじんカレー」は前日に調理し、十分に冷めた状態でパック詰めする。レシピは、「しんせい」の厨房業務全般を担当するスタッフ、丸山武彦さんが改善を重ねてつくり上げたもの

    山の畑で採れるにんじん、玉ねぎ、しょうが、にんにくをたっぷり使い、ひき肉とおから以外の油分を控えてつくられるカレーは、冷たいままでもおいしく食べられ、消化も良好。

    画像: 「山のにんじんカレー」のパック詰め第1工程。アイスクリームスクープで3回すくい150g入れる

    「山のにんじんカレー」のパック詰め第1工程。アイスクリームスクープで3回すくい150g入れる

    画像: パックの口に、底の抜けた容器をはめ込んで安定させ、少しずつカレーを加えて最後の30gを調整

    パックの口に、底の抜けた容器をはめ込んで安定させ、少しずつカレーを加えて最後の30gを調整

    画像: 迷ったとき、だれが見てもわかるよう、カレーづくりの工程をていねいにビジュアル化している

    迷ったとき、だれが見てもわかるよう、カレーづくりの工程をていねいにビジュアル化している

    画像: ごみを、ごみにしないものづくり。カレーのパッケージに付けるにんじん飾りには、廃紙を活用

    ごみを、ごみにしないものづくり。カレーのパッケージに付けるにんじん飾りには、廃紙を活用

    画像: 「山のにんじんカレー」のパッケージ。絵の具とニスでひとつひとつ着色したにんじん飾りを付けて

    「山のにんじんカレー」のパッケージ。絵の具とニスでひとつひとつ着色したにんじん飾りを付けて

    山の施設では生活排水を下水道に流さず、微生物の力で分解して土に還す。なるべく水を汚さないよう食器はウエスでふき取る

    いまなお大勢の人が避難生活を送る、能登半島地震の被災地にも届けられたといいます。

    しんせい
    福島県郡山市西ノ内1丁目25-2



    <撮影/星 亘 取材・文/保田さえ子>

    ※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



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