日々の息抜きとしてはじめた自己流の「ダーニング」
大人の繕いものは、シミったれてはいけない。
「リネンのキッチンクロスの丸。刺子用の細糸を使ったダーニングですが、これは輪郭がきれいに仕上がってます。こういうふうにありたいんです」
すなわち、カジュアルななかに、どこかキリッとした端正さを宿す。
橋本さんのダーニングには、これまで培ってきたおしゃれのものさしが通底している。

ダーニングとは、穴あきやすり切れた衣を修繕する針仕事のこと。
目下ひそかなブームだが、その少し前から橋本さんのダーニング歴がはじまる。
日々の息抜きとして、好奇心をそそられてはじめたそう。
つまり手編み作業の疲れを手縫いで癒すことで、糸好きの具合を推して知るべし。

参考にしたのは、もっぱらSNSでみつけた海外アンティークのダーニング写真。
繕い方や、糸の組みあわせなど、みて学び、試し、自己流で身につけたという。
「暇ひまに手を動かしてやっています。でも暇がないときも、ふと足もとをみて靴下が薄くなっているとやってしまう(笑)。これも性(サガ)なんでしょうね」
親しい人の「愛着のあるもの」をきれいに、すてきに
愛着のあるものを少しでも長く使いたいから。ちょっとの傷みで処分するのはもったいないから――。
ダーニングをするそんな大多数のきっかけに対し、橋本さんのアプローチはやや異なっていた。
「自分のためというよりは、親しい人に頼まれたときに、きれいに仕上げてあげられたら嬉しいから。だから練習するんです。上手になるには、やっぱり練習が必要。そんなふうで、うちに残してるダーニングは習作であり、記録としてのものです」

その昔、ヨーロッパの家庭では刺繍を学び、図案や配色を後日の参考にするためにつくられた「サンプラー」というものがあった。
橋本さんが手持ちの傷んだソックスやニットを繕ってきたのも、もっぱらサンプラー的な存在という。
ひそかに練習を積んで、友人たちのお気に入りショールやセーターが穴あきの憂き目にあえば、ダーニングですてきに仕上げて救う。
粋なふるまいって、こういうことなんだろう。
〈写真/大沼ショージ 編集・文/おおいしれいこ〉
※本記事は『愛しのボロ 直し、生かし、使いつなぐ21人の暮らしもの』(エクスナレッジ)からの抜粋です。
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情報と物質にあふれるいま、時間をかけてつきあっている「もの」と暮らしの「こと」に、ゆったり向き合ってみませんか。
ものを愛する21人が大切にしている「愛しのボロ」と、それにまつわる情景や暮らしの物語を写真と文章で紡いだ1冊。
捨てない理由、使い続けるための工夫、補修やリメイクの手法など、持ち主それぞれのすてきな物語を紹介。
きっとこれからの暮らし方、人生観のヒントが見つかるはずです。
【CONTENTS】
曽田耕さん(靴作家)/真喜志民子さん(染織作家)/こばやしゆふさん(アーティスト)/山城美佳さん(服飾デザイナー)/長谷川ちえさん(生活雑貨店主・随筆家)/トラネコボンボン・中西なちおさん(料理人・作画家)/高木陶子さん(革作家)/石井佳苗さん(インテリアスタイリスト)/橋本靖代さん(服飾デザイナー)/伊能正人さん(インテリアデザイナー)/垂見健吾さん(南方写真師)/下田昌克さん(画家・アーティスト)/イェンス・イェンセンさん(著述家・編集者)/黒田雪子さん(金継師)/根本きこさん(料理人・フードコーディネーター)/高田聖子さん(女優)/坂田敏子さん(テキスタイル・服デザイナー)/宗像みかさん(石窯天然酵母パン店主)/塩見聡史さん(薪窯パン職人)/関根麻子さん(ごはんをつくる人)/小澤義人さん(フォトグラファー)/おおいしれいこ(編集者)/大沼ショージ(写真家)
橋本靖代(はしもと・やすよ)

「マーガレット・ハウエル」退職後、独立し「n100」にて活動。2018年から自身のブランド「eleven 2nd」をスタート。ほぼ毎日編み針を手にするニット好きでもある。