好奇心こそが、人生を前向きに歩ませてくれる
──失明によるつらい時期を、家族や周囲の支えで乗り超えてきた石井さんですが、どんなときも人生に前向きになるために必要なことは何だと思いますか

好奇心ですね。混乱や絶望から徐々に気持ちも生活も落ち着いてきたときに、元来持ち合わせていた好奇心が湧き上がって、世界を新しい視点で捉えられるようになりました。
子どもがひとつひとつできることが増えていくように、トライ&エラーを繰り返しながら、できるようになっていくのが面白くなってきた。どうだ、これができたぞ、と(笑)。
それを最初に感じたのが、入院中でした。親しい同室の入院患者の方が退院するとき、サプライズで自分のベッドから彼のベッドまでひとりで歩いて挨拶をしたんです。距離にして3mほど。ぶっつけ本番でしたが、相手の方も驚きながらすごく喜んでくれて。
この最初の冒険の成功に味をしめて、いろんなことにちょっとずつ挑戦できるようになりました。

この日は友人がすすめるバーに初訪問。特製のノンアルコールカクテルを楽しむ

iPhoneの読み上げ機能を使い焦点を合わせ、撮影もなんなく

身近なことを面白がるうちに、仕事の企画に発展
──そんな好奇心が、ブラインドコミュニケーターとしてのイベント企画のアイデアにもつながっているそうですね
ひとつは、見えなくても娘と一緒に遊べる方法を探したことがきっかけでひらめいた、親子ディスコイベントです。
大人も子どもも一緒になってとにかく楽しく踊ろうという企画です。地元のコミュニティスペースでやってみたら大好評で、その後、館山ビーチマーケットというイベントで、6000人が集まるステージでも行いました。
2つ目は、雑談型アート鑑賞です。アートって黙って観るものと思いがちですが、MoMA(ニューヨーク近代美術館)でも行われている「ヴィジュアル・シンキング・ストラテジー(VTS)」では、対話をしながらアートを楽しみます。
僕はもともと美術館が大好き。そこで、目が見えない僕と一緒にアートを観に行き、「どんなふうに見えるの?」と雑談しながらアートをお互いに楽しむんです。そのうち、アートを見て説明してくれる人の見え方も、どんどん変わっていったりするのが面白い。
そこからヒントを得て、目が見えない人がファシリテーターとなり、見える人と見えない人が繋がりながらアートを楽しむ仕組みをつくって、全国の美術館に広げていきたいと考えています。

雑談型アート鑑賞プログラムの様子
もうひとつ、ワークショップに応用しているのが、「闇おにぎりゲーム」です。これは最初、コンビニで甘いパン、甘くないパンを手触りで選ぶゲームを自分ひとりでしていたのが始まり。そのうちにコンビニのおにぎりを買って、匂いをかいだりしながら味を当てるゲームをするようになりました。

この日の「闇おにぎりゲーム」で手にしたのは“梅干し”と“ねぎ味噌”「棚の位置でどの味のおにぎりが置いてあるのか、わかるようになってきました。以前、一度手に取ったおにぎりを違う場所に戻した人がいて、選んだ2つが同じ味だった、というハプニングもありましたが(笑)」
その発展形が、あるSDGsイベントで企画した「見えない駄菓子屋『手探り堂』」という目隠しをして駄菓子を選ぶゲームです。どんな工夫やサービスがあったら、見えなくても匂いや触ってわかるのか。大人と子どもがゲームをしながら一緒になって考えるもので、すごく盛り上がるんですよ。

日常の困っていることも視点を変えると面白くなります。何でもゲーム感覚で楽しむことが秘訣ですね。
※ 前編では、突然の失明で絶望の淵に突き落とされた石井さんが、“見えない世界”で見つけた「新しい家族のかたち」についてお届けしてします。
〈撮影/星 亘 取材・文/工藤千秋 撮影協力/BAR MEIJIU〉
石井健介(いしい・けんすけ)
ブラインドコミュニケーター
1979年生まれ。アパレルやインテリア業界を経てフリーランスの営業・PRとして活動。2016年の4月、一夜にして視力を失うも、軽やかにしなやかに社会復帰。ダイアログ・イン・ザ・ダークでの勤務を経て、2021年からブラインドコミュニケーターとしての活動をスタート。さまざまな領域で活躍している。
X:@madhatter_ken
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あの日の朝、僕は目が覚めたら目が見えなくなっていた。
36歳にして視力を失った著者による、まるで小説のような自伝エッセイ
視力を失った僕は今、青く澄んだ闇の中に生きている。見えていたころには見えなかった、目には見えない大切なものが見えてきた。声を出して泣ききることも、人に頼って助けを求めることも、難しいことではなかったんだ。僕は生きることがずっと楽になった。