秘密の川と、幻の魚―私の夏休み―
今年の夏も、福井の山あいへ。お目当ては「アジメドジョウ」。
藻を食べるから泥臭さはなく、白身は澄んだ味わい。けれど絶滅危惧種でもあるので、地域の食習慣の中だけで受け継がれている幻の魚だ。
案内されたのは昨年と同じ秘密の川。急な斜面を息を切らしながらそろりそろりと降りると、川面はきらきら光り、頬を撫でる風が心地いい。「気持ちいい〜!」と声があがる。

前日から水底から湧く泉を石で囲った「あじめ穴」に筌を仕掛けてあり。今年は水量が多く、設置もなかなか大変だったそう。「滑らないようにね!」「わ!石重たいね!」と声を掛け合いながら、筌を外していく。

しばらくして覗き込むと「あ、かかってる!」。川の流れる音に混じってぴちぴちと跳ねる音。みんなで身を乗り出すと「えっ、アカザばっかりじゃん!」と笑いが広がる。棘に気をつけつつ、本命のアジメドジョウを少しだけいただいた。


漁のあとは、お楽しみのキャンプ場へ
食材を持ち寄り、バーベキューがスタート

漁を終え、越前海岸を望むキャンプ場へ。潮の香りの中、コテージの前で火を起こすと「さあ、ここからが本番だね!」と誰かが笑う。次々と並べられていく食材に「すごい!」「普通のバーベキューじゃないよね」と歓声があがり、まるでキャンプ場が一夜限りのレストランに変わっていく。


滋賀の天然鰻は、炭火にのせれば「じゅうっ」と音を立て、皮目がぱちぱちと弾けるたび「いい匂い〜」とため息がこぼれる。

サカエヤの牛肉は巨大な塊。「なんて立派なの!」と叫び、焼いては休ませ、また火に戻す。切り分けられた断面の美しさに「わあ…!」と声がそろい、ひと口食べた瞬間「うまっ」と同時に笑顔になる。

琵琶マスや鹿肉の串揚げは、ひと口でほろりとほどけ「もう一本!」と手が伸びる。道の駅で購入した立派な舞茸の天ぷらは揚がった途端に森の香りがふわりと広がり「これ、やばい!」と笑い声が弾ける。どれもが主役級の食材ばかりで、並んだ光景にため息と歓声が交じり合う。


そこに加わるアジメドジョウの唐揚げは、小さな体なのに香ばしく軽やか。「これが幻の魚か〜」と感慨深く噛みしめれば、滋味がじんわり広がる。グラスに注がれたワインを傾けながら「こんなキャンプ、贅沢すぎるね」と誰もが頷いた。

自然の恵みが教えてくれたこと
自然の恵みをありがたくいただくことは、ただの贅沢ではなく、これからの暮らしに必要なこと。幻の魚を土地の文化のなかで守りながら、必要な分だけをいただく、そんな小さな約束が、未来へつながっていくのだろう。
川のせせらぎと仲間の笑い声、日本海に沈む夕日の美しさを胸に刻み、短い夏休みは幕を閉じた。来年もまた、同じ川で「かかってる!」と声を上げられますように。

真藤舞衣子(しんどう・まいこ)
料理家。発酵研究家。会社勤務を経て、1年間京都の禅寺で生活。フランスへ料理留学後、料理教室を主宰するほか、雑誌や書籍で活躍。著書に『つくりおき発酵野菜のアレンジごはん』(主婦と生活社)、『サバの味噌煮は、ワインがすすむ』(日本経済新聞出版、小泉武夫氏と共著)など。
インスタグラム@maikodeluxe