(『天然生活』2025年1月号掲載)
記録することで心が耕される
本で、ラジオで、ときには人との会話で、私たちは毎日、「言葉」との幸せな出合いを繰り返しています。「なんて甘く美しい表現なの」とか、「私のモヤモヤをピッタリした言葉に変換してくれてスッキリした」とか……。でも、その幸せを十分に味わわないまま、日常のなかに流していませんか?
文筆家の大平一枝さんは、言葉収集のスペシャリスト。
少しでも心が動く言葉をキャッチしたら、即座にスマートフォンのメモアプリに記録していきます。ツールがパソコンだったときを含めると、なんと30年間も。
言葉を操り、暮らしを表現する文筆家なので、そのメモを見返して仕事に反映させるというのが第一義。
でも、それ以上の意味があると話します。
「パッとメモして、あとで『この言葉のどこが響いたのかな?』とか反芻しながら見返す作業が、実は大事。考えたり、感性を磨いたりの訓練になっているように思えます」
これは、言葉に携わる仕事ではない人でも有用な作業のはずだと大平さん。
「言葉をパトロールすることで、表現に対して敏感になるし、感覚が研ぎ澄まされていくような気がします」
この言葉メモは、日々の会話の瞬発力にもつながっているそう。大平さんの仕事の代名詞となっている、市井の人の台所を訪ねる「東京の台所」記事。
取材対象者のパーソナルな部分にグッと入り込んでいく記事が印象的ですが、その取材は、カウンセリングみたいな要素をはらむことも多々あり。
そんなときに、大平さんの「言葉の処方箋」が効くのです。
「たかだか数時間前に初めて会った方に、私が何か言葉をかけることなんて本当おこがましいのですが。でも日頃ストックしているからこそ、よき言葉が浮かぶのです」
<イラスト/平野瑞恵 取材・文/鈴木麻子>

大平一枝(おおだいら・かずえ)
市井の生活者を独自の目線で描くルポや、失われたくない物事をテーマにしたエッセイ多数。朝日新聞デジタル版で連載中の『東京の台所』は連載12年目に。近著に『こんなふうに、暮らしと人を書いてきた』(平凡社)。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです



