細やかに部屋を整え続ける母の姿勢に頭が下がる
ここ数年、年末年始は実家で1週間ほどを過ごしています。出張帰りに泊まりに立ち寄るのとは違い、朝から晩まで一緒に過ごしていると、父や母の「暮らし」が見えてきます。
父は93歳、母は83歳。なんとかふたりで生活しているけれど、できないこと、手元、足元がおぼつかないことが増えてきました。
あるときキッチンで、母がシュガーポットに新しい砂糖を注ぎ足そうとしていました。「いいよ、いいよ、私がやっておくよ」とグラニュー糖の袋を手に取ると、「ちょっと待って!」と母。
ティッシュを出してきて、シュガーポットの底に少し残っていた砂糖をその上に出します。それから「はい、お願い」と差し出しました。
つまり、新しい砂糖をまずポットに入れてから、その上に古い砂糖がくるように、ひと手間かけるというわけ。そんな丁寧さに、「そこまでしなくても」という言葉がのどまで出かかるけれど、実家ではおとなしく母のやり方に従うようにしています。

撮影/馬場わかな(『褒められなくても、生きられるようになりましょう』主婦の友社より)
そのほかにも、母には頑固なまでに守り抜くマイルールがたくさんあります。
一日の終わりにキッチンのシンクまわりやガス台まわりをふきんで拭いたついでに、冷蔵庫の扉や野菜室の手をかけるところなどをチャッチャと拭いておくこともそう。
たったこれだけのことですが、実家の冷蔵庫はいつもピカピカ。我が家のいつのものかわからない汚れがこびりついている冷蔵庫とは大違いです。
寝る前には、部屋中の観葉植物にシュッシュッと霧吹きで水を吹きかけます。するとポトスやパキラなどの葉がいつもピンと張って元気で、ツヤツヤ。
誰も褒めてくれなくても、自分だけの「100点」があれば
こんなふうに細やかに部屋を整え続ける姿勢には頭が下がります。
短大を卒業後、就職はせずすぐに結婚、そこからずっと専業主婦だった母。「私は主婦のプロになる」が口癖で、毎日クルクルと動き回ります。数年前に背骨が右側に曲がる側弯症を患ってから、杖をつき、思うように動けなくなったけれど、それでも私よりずっとこまめに家事をこなしています。
シュガーポットの砂糖を全部出してから入れ替えても、冷蔵庫の扉を毎日拭いても、誰も褒めてはくれません。主婦の仕事は誰かに認めてもらうためではなく、家族でさえそれが当たり前になって、感謝の言葉をかけてくれるわけでもないのです。
「誰も褒めてくれないのに、どうしてやり続けてこられたの?」と聞いてみました。すると「ほかにできることがなかったからよ。私はこれしかできないから」と母。
外へ出て仕事をし、評価を受ける、という機会がなかったから、母は家の中に自分だけの100点を設定し、それをずっとキープできるしくみを構築してきたのだと思います。そして、自分で「よしっ」と満足することで、達成感を感じてきたよう。
暮らしの中の「心地よさ」を設定し、自分で自分に花丸を
今、母はこうして部屋をきれいにし、家族のために食事を作り、生きてきた日々を誇りに思っています。そんな姿を見ていると、60年以上という、長い年月を積み重ねれば、自分で自分を褒めてあげられるようになるのだなあと確信できます。
私はこの「誰も見ていないところで、自分で自分の達成感を育てる」ということがいちばん苦手でした。
「誰も見てないなら意味ないじゃん!」「頑張ったって、自己満足だけじゃあ、つまらないじゃん」と思ってきたのです。
それでも、母ほどではないにしても、私自身もやっぱり気がついたら毎日ざっと拭き掃除をしているし、どんなに簡単でも自分の手で作ったものを食べたいと思います。
こんなに「褒められ好き」の私が、誰にも褒められない料理や掃除を続けてきたのは、なんだか奇跡のよう。理由は単純で、さっぱりと整った部屋は気持ちがいいし、作りたての料理のほうがおいしいからでした。
取材でたくさんの素敵な方に会い、その方の暮らし方、生き方を真似してきました。
簡単でおいしいレシピを知って、さっそく自宅で作ってみたり、カラッと乾きやすいふきんを教えてもらい、掃除に取り入れてみたり。そうやって外で得た知識を「家に持って帰る」ことが楽しい!
そして、知らず知らずのうちに、私の中にも「こうしたら、心地いい一日を送ることができる」という100点満点が設定されたのかも。
ささやかな基準をひとつずつ積み上げていけば、20年、30年過ぎたいつの日か母のように、自分で自分に「よくできました!」と花丸をつけてあげられるかもしれないなと思っています。
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▼一田憲子さんの“自分軸で生きる”お話はこちら
〈写真/馬場わかな〉
※本記事は『褒められなくても、生きられるようになりましょう』(主婦の友社)からの抜粋です。
◆自分で自分に「花丸」を。褒められなくても、生きられるようになりましょう◆
幼いころから優等生体質で育ち、褒められることが大好きという一田さん。
けれど、褒められたいという「承認欲求」にとらわれていると、自分を消耗してしまい、生きることがとてもつらいと話します。
本書は、誰かに褒められたい、けれど自分で自分を褒められるようになりたいともがく一田さんの、正直で力強い書きおろしエッセイ集。
「他人軸で生きることをやめたい」「褒められなくても生きられるようになりたい」と願うあなたに、人生のハンドルを自分の手で握るためのヒントをくれる1冊です。
● 1章 どうして褒められたいの?「私を見つけてほしい」から「誰かを見つけたい」へ/「褒めてほしい」と望むより自分が何をやり遂げたのかを冷静に分析してみることが大事/「褒められるように」を「喜んでもらえるように」にひっくり返す/「褒められる」より「役に立つ」ほうが、きっとずっと嬉しい……
● 2章 「褒められたい」を抜け出すためには?
「売れなかったら負け」の世界から抜ける/なにかをやり終えた瞬間の満足感をマックスにする/自分で自分の100点満点を設定する生き方に/「あなた」と「私」の境界線をぼやかし、相手の言葉をすべて「よきこと」として聞いてみる……
● 3章 小さく心が満たされる日々を
暮らしの中の「心地よさ」を設定すれば、自分で自分に花丸をつける日がやってくる/楽しむことを自分に許せる人に/温泉から帰って、「やっぱり家が一番!」と言う理由を考えてみる/自宅の中にある「幸せな風景」をひとつずつ再確認してみる/台所の中にある「確かさ」に気付く……
● 4章 褒められなくたってへっちゃら
「褒められたい」とつい思っちゃったって大丈夫!/自分が今、尊敬できる人を思い浮かべてみたら、「みんなに褒められている」人じゃなかった!/「自分のまんま」生きたいけれど、「誰かの目」も気になる。両方あって、それでいい/褒められたくなったら、バスに乗ろう!……など
一田憲子(いちだ・のりこ)
1964年京都府生まれ。編集者・ライター。OL、編集プロダクション勤務を経てフリーライターとして独立し、女性向け雑誌・書籍などの取材・執筆で活躍。暮らし、おしゃれ、仕事、人間関係、年齢の重ね方などについての、日常の中の揺らぎや気づきを丁寧にすくい取る文章で、幅広い共感を集める。『暮らしのおへそ』『大人になったら、着たい服』(ともに主婦と生活社)を立ち上げ、イベントも開催。『最後の答えは、きっと暮らしの中にある。』(内外出版社)、『小さなエンジンで暮らしてみたら』(大和書房)など、著書多数。自身のWebマガジン『外の音、内の香』では、さまざまなコンテンツを配信。「一田書房」を主宰し、「書く暮らし」の楽しみを伝えている。







