• 生きづらさを抱えながら、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていた咲セリさん。不治の病を抱える1匹の猫と出会い、その人生が少しずつ、変化していきます。生きづらい世界のなかで、猫が教えてくれたこと。猫と人がともに支えあって生きる、ひとつの物語が始まります。「猫がいるのに、きれいにしてるんやな」。父のひと言をきっかけに、10匹の保護猫と暮らすなかで気づいたことを振り返ります。

    猫が困らない家は、人も暮らしやすい

    先日、父が初めてわが家へ遊びに来ました。

    玄関を入って、リビングを見わたした父が、少し驚いたようにいいました。

    「猫がいるのに、きれいにしてるんやな」

    わが家には、10匹の猫がいます。みんな、もと保護猫です。

    猫が10匹いる家、と聞くと、もしかしたら、壁は傷だらけで、床にはものが散らばり、どこかに粗相の跡があって......そんな光景を想像する人もいるかもしれません。

    実際、父が知っている「猫のいる家」は、そういうものでした。

    私の実家にも、昔、猫がいました。かわいい猫でした。けれど、壁で爪を研ぎ、柱は削れ、家のあちこちがぼろぼろになっていました。

    だから父のなかでは、猫とは、家を汚すもの。爪を研ぐもの。家具を傷つけるもの。そういう印象だったのだと思います。

    私は思わず、「しつけやで」といいかけました。すると、そばにいた夫が、すぐにいいました。

    「ストレスを与えないことだと思います」

    その言葉に、私ははっとしました。

    たしかに、私たちは猫たちに、何かを厳しく教え込んできたわけではありません。

    爪を研いでほしくない場所で叱るより先に、猫が研ぎたくなる場所に爪とぎを置く。トイレの失敗を責めるより先に、猫の数に合ったトイレを用意する。鳴いている猫に「うるさい」と思う前に、何を求めているのかを考える。退屈していそうなら、一緒に遊ぶ。甘えたいようなら、手を止めて撫でる。落ち着ける場所が欲しそうなら、静かな寝床を増やす。

    画像: 一階のキャットタワーはヨナの基地

    一階のキャットタワーはヨナの基地

    画像: 二階のキャットタワー

    二階のキャットタワー

    そうやって、猫に「困ったこと」をさせないようにしてきたのだと思います。

    けれど、私たちも最初から、そんなふうにできたわけではありません。

    初めて猫と暮らしたころは、爪とぎを十分に用意することも知りませんでした。前に住んでいた賃貸の家では、猫が壁をよじ登ってしまったこともあります。

    そのときは、猫が悪いのだと思っていました。

    でも、いまならわかります。

    猫はただ、登りたかったのです。爪を使いたかったのです。体を動かしたかったのです。

    そのための場所を、私たちが用意できていなかっただけでした。

    画像: 最近お気に入りの爪とぎ。ふたり同時に使うことも

    最近お気に入りの爪とぎ。ふたり同時に使うことも

    ひとり、またひとりと猫を迎え、一緒に暮らすなかで、私たちは少しずつ学んでいきました。

    わが家の猫たちは、わざと人を困らせているわけではないこと。叱るより、先に環境を変えたほうがいいこと。
    「問題行動」と呼ばれるものの多くは、猫からの小さな訴えかもしれないこと。爪を研ぐのは、猫にとって自然なこと。高いところに登るのも、狭いところに入りたがるのも、夜に走るのも、甘えたいと鳴くのも、猫にとっては当たり前のこと。

    画像: ソファは背もたれが人気

    ソファは背もたれが人気

    その当たり前を、人間の暮らしのなかでどう受け止めるか。

    そこに、猫との暮らしの工夫があるのだなあと、かみしめる日々なのです。

    画像: 猫が乗るためだけに置いてある電子ピアノ

    猫が乗るためだけに置いてある電子ピアノ

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    画像: 人間も完璧を目指しすぎない

    咲セリ(さき・せり)
    1979年生まれ、大阪在住。作家、家族療法カウンセラー。夫と10匹の元保護猫と暮らす。心の病や生きづらさを抱えるなか、不治の病をもつ一匹の猫との出会いをきっかけに、「命は、生きているだけで愛おしい」ということを知る。以来、自身の体験や猫たちとの暮らしを通して、生きづらさのなかにある小さな希望を、ノンフィクションや小説、エッセイに綴っている。NHKの福祉番組への出演、新聞やウェブでの連載、全国での講演などでも活動。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日』(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司氏との共著『絆の病――境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました――妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房)、『息を吸うたび、希望を吐くように――猫がつないだ命の物語』(青土社)など。2026年8月に、新刊『絶滅するまで営業中』(田畑書店)を発刊予定。

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