• 83歳の多良久美子さん。息子は最重度知的障がい、娘は早逝……。苦労の多い暮らしのなかでも、家事に「仕事」として張り合いをもち、家の中で小さな楽しみを見つけながら、50年間過ごしてきました。50代からワンピースの手づくりを始めた多良さんのお気に入り「貫頭衣」ワンピースの魅力と着こなしについて教えていただきました。
    (『83歳の私を支える家仕事』より)

    使い回しのきく、手づくりの貫頭衣ワンピース

    近頃はワンピースばかりを着ています。

    ワンピースはたくさん持っていますが、ほとんどが手づくりです。ワンピースをつくり始めたのは、50代の頃に趣味の織り物を本格的に始めてからです。

    織り上がった布を切るのがもったいなくて、ムダなく使えるワンピース「貫頭衣」をつくることにしました。

    貫頭衣とは、1枚の布の中央に頭を入れる穴を開けて、両脇を縫っただけの衣服で、弥生時代に着用されていたと言われています。

    できるだけ簡単に、手早くつくりたかったので、色々調べて、貫頭衣に辿り着きました。

    画像: すべて同じ型紙でつくった貫頭衣ワンピース。布によって少しずつ形が違います。20年以上着ているものも

    すべて同じ型紙でつくった貫頭衣ワンピース。布によって少しずつ形が違います。20年以上着ているものも

    布はほとんど切らずに、布の幅がワンピースの幅になり、布の長さの半分が丈の長さになります。試行錯誤の末、既製品を参考に基本の型紙をつくり、脇を縫って、袖、襟の始末をしたら出来上がりという、私なりのワンピースになりました。

    50代でワンピースデビュー

    若い頃は、動き回る息子を追いかけるのに必死で、パンツばかり履いていました。義母からも「スカートを履かないと、足がない人に思われるよ~」なんて、冗談を言われたり(笑)。

    息子が成長して落ち着き、そして、織り物を習う時間の余裕ができた50代が、私のワンピースデビューのタイミングでした。

    シンプルで飽きがこないデザインで、どこも締めつけがなくて着ていてラクです。

    生地の種類、柄の違い、布の幅などによって、同じデザインでも雰囲気が変わります。

    自分でつくると愛着も湧き、20年以上着ているものもあります。

    短めの袖がついている形なので、夏は1枚で。涼しい季節はその下に長袖のカットソーを着ます。

    冬用は厚手の生地でつくっています。下にタートルネックのカットソーを合わせることが多いです。

    夏以外はパンツやレギンスを履きます。ストールを首元につけたり、コーディネートによって雰囲気を変えられるのも魅力。

    改まった会食、友達と気軽なお出かけ、観劇、旅行など、あらゆるシーンで着ることができます。年をとると、どんな洋服を着たらいいのか迷いますが、ワンピースのおかげで迷うことが少なくなりました。

    自分の体型に合わせているし、デザインも好みのもの。

    新しい洋服を買うことも少なくなり、収納に困ったり、整理整頓に時間がかかることもありません。

    自分の織った布だけでなく、既製品の布でつくることもあります。

    マリメッコのモノトーンの大胆な柄でつくってみたら、80代の私にもいい雰囲気です。

    でも、同じマリメッコでも定番のウニッコという花柄でつくってみたら、いまいち似合わなくて。小さい柄にしたのが失敗でした。時々は、こんな失敗もしますが、それも含めて楽しんでいます。

    本記事は『83歳の私を支える家仕事』(すばる舎)からの抜粋です

    〈撮影/林ひろし〉

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    『83歳の私を支える家仕事』(多良 久美子・著/すばる舎・刊)|amazon.co.jp

    『83歳の私を支える家仕事』(多良 久美子・著/すばる舎・刊)

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    家の中は創造性にあふれている
    いつも元気で溌剌とした83歳・多良久美子さんは、家事を「仕事」と呼びます。「仕事」と思うことで張り合いが出て、創意工夫する楽しさが生まれる。毎日尽きることなく家仕事は発生します。「何にもすることがない」というシニアの方も多いけれど、今日、するべき家仕事や、朝起きる理由がある。それに家仕事はした分だけ、おいしいご飯が食べられたり、きれいな部屋で過ごせたり、ちゃんと見返りがある。頭も体も使い、もってこいのエクササイズにも。障害のある子がいて外出のままならなかった久美子さんが、長年培ってきた「家の中を最高に楽しい場所にする」方法を伝授します。


    多良久美子(たら・くみこ)
    昭和17年(1942年)長崎生まれ。8人きょうだいの末っ子。戦死した長兄以外はみな姉妹。2歳のときに被爆。翌年母を癌で亡くし、父と姉たちに育てられる。高校生のときに父の会社が倒産し、進学を断念。24歳で結婚後、4歳で麻疹により最重度知的障がいとなった息子を育てる。娘は早逝。80歳を前に、長く携わってきた社協の仕事を引退、「障がい児・者の親の会」は相談役に。「これからは私の時間!」と、これまで忙しい日々で細切れにしかできなかった趣味の織り物やピアノに、どっぷりつかる日々。料理やインテリアなど「家時間」を楽しむのが好き。姉は、12万部のベストセラー『87歳、古い団地で愉しむ ひとりの暮らし』(すばる舎)の多良美智子さん。著書に『80歳。いよいよこれから私の人生』がある。



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