(『天然生活』2015年7月号掲載)
「私の趣味は暮らし」
「私にとって“家”は癒やしの場所であり、かけがえのない相棒のようなもの。わが家がすこやかであることで支えられ、外で思いっきり力を発揮することができるんです」。
そう話す横山タカ子さんは、故郷・長野の昔ながらの食を伝える料理研究家。お宅におじゃますると、木のぬくもりに満ちた居間、美しくしつらえた季節の花、心地よいジャズの音色といった、豊かな日常がそこにはありました。
「私の趣味は暮らし」という横山さん。多忙な日々のなかで衣食住の隅々にまで心を尽くすことが、楽しいといいます。
雑用をないがしろにしないことが魅力
朝食は、大豆入りの玄米ごはん、具だくさんの味噌汁、卵料理など栄養たっぷりの献立。朝食後は掃除、庭の手入れなどを済ませ、10時にはご主人の悟さんとのコーヒータイム。手製のくるみのみりんあえなどをつまみながら過ごす、夫婦の大切な時間です。
「夜は“居酒屋タカ子”が開店します。白あえ、煮もの、漬物など野菜中心のおかずで夫と晩酌するの。夕飯は2時間くらいかけているかな」と笑います。ふだんから和服を着てテキパキと家事をする姿にも美しさがあり、毎日を謳歌している横山さん。
「そもそも日常って、“雑”だけでできているんです。雑巾をかけたり、野菜の下処理をしたりとかね。でも、雑用をないがしろにしないことが魅力だと思うの。若い方は仕事が忙しくて家のことに手がまわらないかもしれないけど、快適な暮らしが根底にないと、どこかで心が折れてしまう。何気ない営みをていねいに行うことが、本当の幸せにつながる気がします」
横山タカ子さんのある一日
06:30 起床
07:30 朝食
08:00 掃除や洗濯をする
09:00 新聞4紙、本などを読む
10:00 ご主人とコーヒータイム
10:30 仕事の事務作業を行う
12:00 昼食
14:00 月3本ある連載の原稿執筆
18:00 夕食の支度を始める
19:00 ご主人と晩酌しながら夕食
21:00 お風呂に入る
22:00 就寝
お掃除でも洗濯でも掘り下げていけば世界が広がり、うんと楽しくなることに気づいた
クリスマスローズ、梅や柏の木など四季折々の草花で彩られた庭は、横山さんにとって特別な場所。
「私は、庭仕事ではなく“庭遊び”って呼んでるの。庭遊びをしていて感じるのは、草花は踏みつけられてもコンクリートに閉じ込められても、すき間から光に向かって大きくなるでしょ。そんな前向きな姿が私のお手本でもあるんです」
とかく単調になりがちな毎日の出来事に感動を覚えるようになったのは、新聞記者だったご主人・悟さんとの転勤生活が大きかったそう。転勤先で与えられる住まいは、満足のいくことが少ない。だったら好きなように変えようと、間取りやインテリアに手を加えていきました。
「それが楽しくて、楽しくて。だって、自分の思うようになるのは、家の中だけですからね。夫はもちろん、子どもも思いどおりにはなりません。私が家のことにエネルギーを注ぐことで家族が快適に過ごせて、結果的に、いいめぐりが生まれます」
横山さんにも悩んだ時期がありました。ふたりのお子さんの子育てをしながら、「私はいつまでおしめを干しつづけるんだろう」と、社会から取り残された孤独感に襲われます。「そのとき母から、子育てしていても勉強はいつでもできるのよ、といわれて。そこで視点を変えて、お掃除でも洗濯でも掘り下げていけば世界が広がり、うんと楽しくなることに気づいたんです」。
それから、家仕事ひとつひとつと向き合い、喜びを見つけていった横山さん。幼稚園のママ友たちとの交流のなかで「料理を教えて」といわれるようになり、評判が評判を呼び、テレビの料理番組に出演するようになります。
長野で受け継がれてきた発酵食の魅力を伝える
横山さんの持ち味といえば、漬物や酢漬けといった保存食のレシピ。4人兄弟の長女だった彼女は、小さいころから家事を任されたことがとても役に立っているといいます。
「私が育った北アルプスのふもとは、一年の半分は気温が低く作物がとれない環境でした。だから、収穫できる時季に野菜を漬物にして、一年間、食べまわす生活の知恵が受け継がれているの。保存に適した日の当たらない所を味噌部屋や漬物部屋にして、たっぷり保存しておくんです」
いまの家にも大きな漬物用の木樽があり、ぬか漬けを常備しています。「農家さんから仕入れた上質なぬかと藻塩で、私にしかできない漬物を追求するのが面白いんです」。研究熱心に新たなおいしさを見つけるのが得意な横山さん。
代表作となった「さしす漬け」も偶然に生まれたもの。フルーツ王国・信州の味覚であるりんご、すぐり、ベリー類などを酢漬けにして楽しんでいるなかで、「お寿司で使える酢をつくろう」と考えました。
梅を漬ける時季に、酢に独自の配合の砂糖、塩を混ぜて完熟梅をたっぷり入れたら、香り豊かな味わいに。「さしす」(梅甘酢)と名づけ、レシピを新聞に発表したところ、大好評。大根やにんじんなどの野菜を漬けておくだけで逸品に生まれ変わります。
料理研究家・横山タカ子さんの暮らし。何気ない日常に、心を尽くして(2) 「心豊かな毎日を送るためのヒント」へ ⇒
料理研究家・横山タカ子さんの暮らし。何気ない日常に、心を尽くして(3) 「発酵食レシピ2品」へ ⇒
<撮影/村林千賀子 取材・文/梅崎奈津子>
横山タカ子(よこやま・たかこ)
長野県大町市生まれ。身近な素材を使った郷土食を提案する料理研究家。2007年に第12回NHK関東甲信越地域放送文化賞受賞。著書に『日本酒で愉しむ信州の二十四節気』(信濃毎日新聞社)などがある。
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縫い物は大好きな家仕事のひとつ。時間を見つけて美しい色合いの“お針かご”を取り出し、想像力豊かにふきんや雑巾をつくる
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです