旬の食材が季節に気づかせてくれる
初午(はつうま)の日、アトリエで予約販売したのが、初午稲荷。初午とは旧暦の新年、最初の「午の日」のこと。初午の日に、稲荷山に神様が降り立ったとされて、京都ではたくさんの人が商売繁盛祈願に伏見稲荷大社をお参りします。季節を大事にしたい、そんな思いでこの日、庄本さんはおいなりさんをつくりました。
「お知らせはわりと直前だったんですけど、たくさんご注文をいただいて、みんなお祭りが好きなんだなって思いました」
「看護師時代は毎日忙しくて、ごはんもただ食べるだけのものになっていたんです。ある日ふと、道端の花を見て、「春が来ている!」って気づいたんです。顔を上げてみれば、春の風を感じる。つばめも飛んでいる……。いつのまにか、まわりも見えなくなるくらい、しんどくなっていたのだと思いました。
こんなふうに自分の感覚が全然使えていないとき、助けになってくれるのが食事。
食材は言ってみれば、身近な植物。この時の私みたいな人が、はっと気づくきっかけになるかもしれないから。身近な食材を使って、季節を大事にしたいと思っています。旬のものは一番おいしいし、手ごろに手に入りますから」
おなじみのおかずをどうおいしくするか
円卓のお弁当は、なじみのある献立。お肉、あるいは魚、根菜、葉もの、豆類、お揚げやこんにゃくなどの加工品。季節のものを入れながら、それぞれの色味と食感を考えて組み合わせます。
「王道のものでも、自分ならどうできるか。そこはすごく考えます。
鮭弁当は定番のひとつですが、塩麹を使うことで、焼き鮭をひと味おいしく。ごはんにのせる海苔は、大きいままの1枚だと食べにくいので、細かくしてのせています。そぼろは料理教室で習ったレシピをもとに、5本の菜箸で混ぜているのですが、5本=自分の指だと気づいて。自分の手で混ぜ合わせるような感覚で、ふわふわっと。
お客さまと話していると、いつも食べているものと『何か違う』と感じてくださる方がいるのですが、違いはそこかなと思います。
ひとつの世界の中で、どう満足してもらうか。最後まで食べて、もたれず、満たされている。そんなお弁当を目指しています」
アトリエから伝えたい、暮らしの楽しみ
2年かけて西陣の町家をリノベーションし、自宅兼アトリエが完成したばかり。100人分のお弁当が仕込めるほど厨房は広々と。飲食業・菓子製造・総菜製造許可も取得して、できることが広がりました。
「ここに来たいと言ってくださるお客様が多くて、場を持ってよかったなと思います。いつも開けているわけではないのですが、オープンデイをつくって、お弁当やお惣菜の販売をしたり、友人がつくる焼き菓子や野菜も扱ったり。2月に朝ごはんの会を開いたのですがこれから定期的にやっていけたらいいなと思っています。いろんな場所でやってきた、味噌づくりのワークショップもここでできるようになりました」
いつも心の片隅にあるのは、畑で野菜を育て、味噌でも梅干しでも手づくりしていた、おばあちゃんとの暮らし。
「当時はなんとも思っていませんでしたが、子どもの時の原体験があって、本当によかったなと思います。お弁当をつくりながら、保存食づくりのワークショップなども、季節の楽しみとしてやっていきたい。受け継ぐというよりも、好きだから、みんなとやりたいんです」
町家があるあたりは昔ながらの酒蔵もあって、街中ながら日常が感じられるエリア。おいしく食べることから、暮らしを楽しく。うれしい場所ができました。
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円卓 庄本彩美さん
お弁当を主軸に、ケータリングやワークショップをおこなう。京都・西陣にあるアトリエは、オイベント開催時のみオープン。スケジュールはInstagramで。インスタグラム:@entaku_ayamii
宮下亜紀(みやした・あき)
京都に暮らす、編集者、ライター。出版社にて女性誌や情報誌を編集したのち、生まれ育った京都を拠点に活動。『はじめまして京都』(共著、PIE BOOKS)ほか、『本と体』(高山なおみ著)、『イノダアキオさんのコーヒーがおいしい理由』(イノダコーヒ三条店初代店長 猪田彰郎著)、『絵本といっしょにまっすぐまっすぐ』(メリーゴーランド京都店長 鈴木潤著、共にアノニマ・スタジオ)など、京都暮らしから芽生えた書籍や雑誌を手がける。インスタグラム:@miyanlife