(『天然生活』2018年10月号掲載/『天然生活web』初出2019年8月19日)
道具と調味料は正しい目で選ぶ
料理研究家・桧山タミさんの台所には、50年以上も使ってきた鍋や調理道具がたくさんあります。
「台所で毎日使うものですから、使って心地よいものがいい。毎日、手入れをしながら長く使える道具を選んできた」と桧山さん。そうやって何十年もたった結果、必然的に本物の調理道具が手元に残ったのです。
良質な砂鉄を使った安来鋼(やすきはがね)の包丁といちょうのまな板は使いやすく、一番活躍する銅鍋は、魚の煮ものなどでも味のしみ方がまったく違うといいます。
炒めものには、50年以上も愛用している中華鍋。ごはんを炊くのには土鍋を用います。すり鉢は、フードプロセッサーと違って、うま味と風味を残したまま粒子を細かくできます。
あんなどをこすには馬毛のこし器。白あえの衣をつくるときは、かたくしぼったさらし木綿をこし器の上に広げ、その上からこせば、驚くほどきめ細かな仕上がりになるそうです。
調味の基本となるのは海塩です。日本海産、瀬戸内海産、太平洋産とでは味が違うそう。
「味が濃く、きりっと澄んだ日本海の塩が好み」と桧山さんはいいます。
砂糖は、夏なら沖縄で採れるきび糖、冬は北海道のてんさい糖。季節によって体も変化するので、使う調味料も変わってきます。
料理には甘味と独特な香りのある赤酒をよく使います。赤酒は、熊本や鹿児島で生産される醸造酒で、熊本出身の江上トミ先生から使い方を教わったそう。
煮ものなどは、みりんを使うより穏やかな仕上がりになるといいます。白身魚の煮ものにみりんを使うと身がかたくなりますが、赤酒だと、ふっくらと仕上がるそうです。
油は主に菜種油を使います。九州は菜種栽培が盛んでした。その土地の旬の食材を食べることこそが健康によいという「身土不二」の考え方から、なるべく身近なところで育ったものを使うようにしているのです。
よい調味料は少しお値段が張りますが、桧山さんはいいます。
「本物の調味料は、味だけでなく体にもいい。病気にならない体をつくってくれるのだから、むしろ安いぐらいよ」
物を大切にし、次に生かす
わずか15cmほどの長さになってしまったすりこ木を手に、桧山さんは笑います。樹齢の長い山椒の木を切ってつくった長いすりこ木も、長年使い込むと、樹皮のいぼもすり減り、長さもここまで短くなるのです。ひとつのものを大切に使いつづけて料理をしてきた証といえるでしょう。
壊れやすいと思われがちな竹ざるも、大切に使っています。皮つきの竹で編まれたものを選べば、何十年と使えるそう。
水けをきるために台などにとんとんと叩きつけてはいけません。編み込みがゆるくなり、壊れやすくなります。
魚一尾をそのまま入れて調理する、フランスの銅製フィッシュパンは、40年ほど前のもの。50年ほど前のル・クルーゼの鋳鉄鍋は、洋風の煮もの以外に、スープや和の煮ものにも使えます。
桧山さんの家にはキッチンペーパーがありません。古くなった布切れは小さく切ってペーパー代わりに。空き瓶は熱湯消毒して保存瓶として再利用します。
新聞紙は、油汚れをふくのに使います。そしてチラシは揚げものの油受けに。捨てられてしまうような野菜の皮も、干すなどして、ほかの料理に活用します。
「何でも捨てて、必要になったらまた新しいものを買う。そんなことを繰り返していたら、日本人はいずれ困ることになる」と桧山さんは警鐘を鳴らすのです。
歴史や文化を学ぶことが大切
アジアの市場を旅していた桧山さんは、ふと、「胡桃、胡瓜、胡麻にはみんな『胡』という字がついているな」と思ったそう。そして、これらの食材が、胡(中国の北方・西方の異民族をさす)からシルクロードを渡ってきたのだ、と閃いたのです。そんなときは「星の煌めきをつかんだみたいにワクワクする」といいます。
38歳のとき、師事する江上トミ先生とヨーロッパ、アフリカ、中東を旅して世界の食文化をみてきた桧山さんは、「ほんとうのことは自分の目で知るのが一番」だと気づきます。
その後も世界各地に出かけ、77歳のとき、ベトナムでビュンビュン飛ばすバイクの背中にしがみつき、魚醤づくりを見にいったこともあります。
文化の背景を知れば、自分に合った工夫ができるようになる
スペインのマヨルカ島では、オリーブとレモンの木が茂り、あちこちに鶏がいた。それを見て、桧山さんは「身近にあるしぼりたてのオリーブオイルとレモン、新鮮な卵からマヨネーズが生まれたんだ」と腑に落ちたといいます。
そして九州に戻ると、オリーブオイルではなく、身近で使われてきた菜種油や椿油でマヨネーズをつくるようになったそう。「文化の背景を知れば、自分に合った工夫ができるようになる」といいます。
世界の食文化を知ると、日本の食の素晴らしさにも気づく。本物の道具と調味料、季節感、そして、おいしいお米。その素晴らしさを再認識するのです。
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桧山タミ(ひやま・たみ)
1926年、福岡県生まれ。17歳から料理研究家・江上トミ氏に師事。30代半ばで独立。52歳のとき、現在の地に「桧山タミ料理塾」を移し、40年になる。著書に、愛情と自然の恵みを大切にする家庭料理のありようと、生き方の哲学を余すところなく記した『いのち愛しむ、人生キッチン』、小学校で行った授業をもとに幸せな未来のための話を集めた『みらいおにぎり』(ともに文藝春秋)がある。
<撮影/繁延あづさ 取材・文/土屋 敦>
写真家。兵庫県姫路市生まれ。桑沢デザイン研究所卒。雑誌や広告で活躍する傍ら、ライフワークである出産撮影や狩猟に関わる撮影、原稿執筆などに取り組んでいる。長崎県在住。著書に『うまれるものがたり』『長崎と天草の教会を旅して』(共にマイナビ出版)他。現在『母の友』(福音館書店)、『kodomoe』(白泉社)で連載中。 webマガジン『あき地』(https://www.akishobo.com/akichi/)では、『山と獣と肉と皮』(亜紀書房)を執筆連載中。
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※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
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