• ニッポン放送、朝の代名詞となっているラジオ番組『上柳昌彦 あさぼらけ』。「AM4:30」から始める番組には、さまざまな状況に暮らす多くのリスナーが集まっています。パーソナリティ上柳昌彦さんが考える災害時に大切にしたい“人の声”、ラジオの役割についてのお話を紹介します。
    (『居場所は“心ここ”にある』−ニッポン放送 上柳昌彦 あさぼらけ−』より)

    信頼関係のあるラジオ

    病気と入院を経験したからこそ、あさぼらけでは、そういう人たちの気持ちになってしゃべれるようになったかな、と思う。

    入院しているリスナーに聴いていただいているということは知っていたけど、実感、体感はなかった。できればしないほうがいい経験だが、経験したからこそできるラジオもあるのだ。

    毎度言ってることだが、「災害時に防災ラジオ」と言われると私は困ってしまう。

    私たちは誰も救えないのだ。ラジオごときで救えるわけはない。

    だけど、せめて一人でも多くの方に、なじみの放送局と、なじみの番組と、なじみのパーソナリティを作っていただきたい

    今はスマホでラジオを聴けるが、スマホはいろんな情報を収集するツールなので、災害時にはバッテリーを温存してほしい。radikoを聞くと、それなりにバッテリーが減ってしまい、役立たずになってしまう。できれば携帯ラジオを持っていてほしい。

    そのスイッチの入れ方、チューニングの仕方、なじみの放送局、なじみの声がひとつでもあれば、もしかしたらその人があなたを救ってくれるかもしれないと私は思う。

    画像1: 信頼関係のあるラジオ

    関東大震災から100年ということで、 朝日新聞から取材を受けた。いまやいつ大地震が起きてもおかしくない。私が呼びかけたいのは、「お宅のそのタンス、倒れてきませんか」ということだ。

    一人暮らしの方だったり、木造家屋に住んでる方にはラジオリスナーが多い。 そういった方々に、いま、もし起きてしまったときに、「あなた大丈夫ですか。倒れてくるタンスはありませんか? 食器棚はありませんか」ということを言い続けたい。その役目が私にはあると思う。

    大きな揺れがきたときに、ケガをしないで生き残ればなんとかなるが、ケガをすると弱気になって、生き抜く気力がなくなってしまう。だから最初にケガをしないでなんとか生き残ってほしいと思う。

    東日本大震災のとき、“人の声”を聞いて、「あっ!」と我に返るきっかけになることを、たくさんのメールで頂いたことを覚えている。それは阪神・淡路大震災のときだった。

    取材した方が、新神戸の部屋で被災し、倒れた家具に挟まれて身動きが取れなくなった。その瞬間、その人は何を思ったかというと、 「もういいや、もう死んじゃおう」と思ったというのだ。

    すると隣の部屋にいたその人の姉から、「何してんの、大丈夫!」と大きな声をかけられて、はっと我に返り、「あ、ダメだ。こんなことしてる場合じゃない、生きなきゃ」と思ったという。

    人の声には、そういう機能があるんだなと知った。大地震が起きた瞬間、どのパーソナリティが遭遇するかわからないが、“人の声”で、「あ、生きなきゃ」と思ってもらえればいいと思うし、少なくとも僕の仕事仲間はみんなそういうことをしてくれる人たちだと思う。

    画像2: 信頼関係のあるラジオ

    本記事は『居場所は“心ここ”にある』−ニッポン放送 上柳昌彦 あさぼらけ−』(扶桑社)からの抜粋です



    上柳昌彦(うえやなぎ・まさひこ)

    1957年8月1日生まれ。立教大学法学部卒業後、1981年ニッポン放送にアナウンサーとして入社。「うえちゃん」の愛称で親しまれ2017年の退社まで様々なワイド番組を担当し、現在は『上柳昌彦 あさぼらけ』ラジオパーソナリティや『笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ』パートナーのほかTV・映画・CMナレーション、イベントMCなどで活動中。2023年12月、初の番組本『居場所は“心(ここ)”にある』(扶桑社)を発売。

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    毎週月~金曜日、ニッポン放送朝の代名詞となっているラジオ番組『上柳昌彦 あさぼらけ』。“AM4:30”という「深夜のような早朝のような時間」からはじまるこの番組に、年齢性別を問わず多くのリスナーが集まってきています。

    パーソナリティの上柳昌彦さん、番組スタッフ、リスナーみんなのこれまでを振り返り、番組の誕生秘話や、日々の放送で生まれた物語などについて語られた初の番組本。2022年に上柳昌彦さんを突然襲った闘病生活から復帰までの想い、今まで語られてこなかった母との別れについても。



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