(『天然生活』2022年9月号掲載)
“もの”を持ちすぎてしまった結婚当初
20代半ばで日本に来てからも、買い物はほとんどしない日々。お茶が好きだったので、お気に入りの急須を買ったくらいです。来日して数年間はデパートに足を踏み入れたこともありませんでした。若いころから一貫してものを多く持たない生活をしてきたように思います。
そんななか、一時期ものを持ちすぎてしまったこともあります。結婚した際、いろいろなものをそろえなくてはと思ってしまい、「食器は5枚セットで」といった一般的にいわれていることに従って買い物をしてしまいました。
完璧な奥さんになりたいと思い、「結婚したらこれを持つべき」という社会的なイメージにとらわれてしまったのです。
実際に買ってみるとほとんど使わないことに気づき、早々に手放しました。「普通はこれを持っているべき」の「普通」なんてない、といまとなっては思います。
ほかの誰でもない自分にとって、何があれば幸せで心地いいのか、あるいは何が不必要なのかをじっくり見極める。そうすれば、少ないもので豊かな暮らしが送れるのです。
一方、私の友人のなかにはものが好きで、もっとものを持ちたいと思っている人たちもいます。その人たちのことを否定する気はまったくありません。ものをたくさん持っていて幸せであるのなら、それは認めるべき。彼らに私の持ちものを譲ることもあります。
そうすることでお互いにハッピーになれたら、それが一番です。
すっきり暮らすためのアイデア
新規にものを購入する場合は慎重に
最近はさまざまなものを手頃な価格で手に入れることができます。そのため、油断すると家の中は次々ともので増えていくことに。
だからこそ、新しいものを買うときはよく考えてみてください。迷った場合は憧れの人を思い浮かべ、「あの人だったらこれを買うだろうか」と考えてみるのも手です。
ただし、心の底からひと目惚れしたものは買ったほうがいいでしょう。年齢とともに好みも明確になり、美的感覚も磨かれるもの。自分の直感は信じるべきです。
リサイクルも消費の一部です
環境に配慮して極力ものをリサイクルに回す姿勢はとてもよいものです。でも、危険なのは「リサイクルはむだ遣いではない」という思い込み。
ものがたまり出したらそれをほかに回せばいいと安易に考え、「売る」「買う」を繰り返すことになりかねません。
それが結局はものを増やすことにつながります。リサイクル品もいつかはごみ箱に捨てられます。従来のものとどこが違うかといえば、最終的に処分する行為を自分ではなく、他人が受け持つ点なのです。
決してけちけちしてはいけないもの
すっきり暮らすということは、何でもけちけちすることではありません。上質なものを吟味して選ぶようにすることです。
たとえば多少値段は張っても質のよいシーツを買えば長持ちするし、睡眠の質も上がるでしょう。大事なのはお金を使わないことではなく、どうやって上手に使うかということ。
値段が安いからといって質の悪い日用品を買う一方、工夫すれば家でもっとおいしいものが食べられるのに、外食ばかりしてどんどんお金を使うのは考えものです。
極端なミニマリズムは人を不安にさせます
捨てることばかり強調する最近のミニマリズムは、一種の流行です。それが極端になると暮らしの楽しみまで奪われてしまうのでは、と人を不安な気持ちにさせます。
ほとんどものが置かれていない殺風景な部屋だと気持ちが安らがないし、友人を招くにも飲み物を入れるカップを欠くような暮らしは、なんだかさびしいものです。
大切なのはミニマリズムではなく、シンプルであること。それほど多くはないけれど美しいものに囲まれた、温かみのある生活なのです。
インターネットを利用し売ってみます
最近はインターネットを通じてものを売ることが一般的になりました。実際にものを売ってみると、商品の写真を撮り、解説文をつけ、画像をアップロードし、商品を送るなど、本当にたくさんの時間と手間がかかります。
一度売ってみると、いかに難しいかを身に染みて知ることにもなり、安易にものを買わなくなるかもしれません。
一方で、「ひとつものを売ったからひとつ買おう」というふうに、ネットショッピングがゲームのようにならないよう気をつけましょう。
ものを減らすと、決断が減ります
私たちの毎日は決断の連続です。今日はどの服を着るか、どの器を使うか、これはどこに置くか……。それぞれの決断に時間とエネルギー、実行に移す手間が費やされます。
決断するという行為は人生をよりよくするのに役立つこともありますが、問題はその頻度が多すぎること。
次々と決断を迫られる状態は疲れるものです。ものが少なければ少ないほど、こうした小さな決断の数は減っていきます。そうして頭の中がシンプルになると、気持ちも安らぐはずです。
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<取材・文/嶌 陽子 イラスト/須山奈津希>
ドミニック・ローホー(どみにっく・ろーほー)
著述家。フランス生まれのフランス育ち。パリ大学、ソルボンヌ大学においてアメリカ文学の修士号を取得。イギリスのソールズベリーグラマースクールにおいて1年間フランス語教師として勤務した後、アメリカのミズーリ州立大学、日本の佛教大学でも教鞭を執る。日本在住歴は40年。世界を広く旅し、特定の団体や、哲学または文化的なグループには属せずに、自分自身の内面にあるさまざまな観点に基づく意見を尊重し、それを受容することを信条としている。著書はフランスをはじめ、ヨーロッパ各国でベストセラーとなり、『シンプルに生きる』(講談社)は日本でも話題に。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです