(『天然生活』2021年7月号掲載)
捨てずによみがえらせる暮らしの知恵
一閑張り(いっかんばり)とは、竹製のざるやかごなどに和紙を張り重ねる技法のこと。
日本で約400年前に始まったとされ、暮らしの道具を長く使う技として役立てられてきました。
仕上げには柿渋が塗られ、強度や防水性、防腐効果も高まるうえ、驚くほど軽いのも特徴。
古くなったものに新たな表情を添えることができると、近年その知恵が見直されています。
“軽く、丈夫に、美しく”
雄大な北アルプスが見守る、長野県大町市。信濃大町駅の駅前商店街の一角にある「ゆいせきや」は、一閑張り教室を中心に思い思いの手仕事を楽しむ人が集うコミュニティスペースです。
神戸(ごうど)千代子さんがこの場を開いたのは、2018年のこと。それまで約40年間、ここは神戸さんとご家族が営んできた、町の薬局でした。
「3人の子どももそれぞれの道に進み、後継者の予定もなかったので、早期に引退しようと9年前に薬局は閉めたんです。けれど商店街にシャッターを下ろしたままでは申し訳なくて。せっかくなら、手仕事をきっかけにした集いの場ができたらと考えました」
神戸さんが一閑張りを始めたのは、7年前に亡くなった母・幸子さんが遺した和紙がきっかけ。
手仕事が大好きで、器用だった幸子さんの部屋に、どっさりと保管されていた和紙を生かす術として思い至ったのだといいます。
カルチャー講座や京都の作家の下で学び、技術を身につけましたが「私を先生と呼ばないのが約束」と笑う神戸さん。
思い出の品の補修に訪れる人から、夏休みの自由研究にやってきた小学生まで、神戸さんはにこやかに見守り、それぞれの工程を支えます。
「技を極めれば奥が深いけれど、私は『つくってみたいという思いと時間さえあればできますよ』とお伝えしています。張って、乾かすを地道に繰り返せば、どうにか形になるおおらかさも、この技の魅力だと思うんです」
一度道具を用意すれば、何度も使えて、工程もシンプル。
まずは小さなざるからでも、気軽に始められそうです。
〈撮影/山浦剛典 取材・文/玉木美企子〉
神戸千代子(ごうど・ちよこ)
長野県大町市生まれ。約40年間薬局を営んだのち、2018年に作品づくりと集いの場「ゆいせきや」をオープン。一閑張り教室を主宰するほか、作品の販売も行っている。ゆいせきや
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです