(『天然生活』2022年4月号掲載)
いつもの味だからうれしい揚げもの多めの“茶色い”弁当
「台所が家の中心でした」
北海道・道南、漁港のある田舎町。
小さな窓から海が見える、台所直結の屋根裏が、自分の部屋。
静まり返った朝、包丁の小気味よい音と揚げものの香ばしいにおいで目を覚ますのが、常でした。
「盆と正月に親戚の女性たちが台所を占領し、忙しくもにぎやかに煮炊きをする光景は、いま思い出しても大好きなシーンです。母のそばでお手伝いをしたり、皿の上げ下げをしたり。常に台所が中心だった暮らしが、楽しくて仕方なかった。料理上手な母でしたが、私含めて子どもは5人いましたし、時代も違うので、お弁当には特別なおかずを、というよりは、日頃の慣れ親しんだおかずが弁当箱に収まることがほとんど。でも、母の柔軟な発想や手際のよさはいまでもすごいなと思い出されますし、現在の私に確実につながっているとも感じます」
刺し身が晩に出た翌日は、フライになって弁当箱へ。トンカツは決まって卵でとじてカツ丼風に。
おにぎりの具材は、リクエストすればその通りに握ってくれました。
「いまとなっては贅沢ですが、兄弟の友達のだれかは親が漁港関係に勤めていて、かにやほたてなどは、いただいてくることがしょっちゅう。それらを使ったおかずもよく登場しましたね。高校生になると、姉とふたりで妹や弟の世話をしながら、晩ごはんで残ったおかずを自分で弁当箱に詰めていました。食べるときの自分が楽しくなるように旗をつくったりして。翌朝に母が新しいおかずをつくってくれるので、空いていたスペースにさらに詰めて持参したことを思い出します」
揚げもの好きはきっと母譲り。
「フライ多めで、生野菜のサラダなんて出たことがない」と笑う“茶色”に染まった母のそれが、小室さんの心にいまなお温かな記憶を呼び起こさせる、幸せを象徴するお弁当なのです。
〈撮影/柿本拓哉 取材・文/遊馬里江〉
小室千春(こむろ・ちはる)
1997年より、札幌にてお酒と定食を楽しめる「ごはんや はるや」を営む。2020年からはマントウと揚げ春巻きのテイクアウト店「万春や」もオープン。「たこめし」や「豚角の黒酢煮」、「揚げ出し豆腐の薬味オイスターダレとえびの天ぷらのマントウ」など、オリジナルのメニューが魅力。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです