• 行き場のない猫たちを、新しい家族が見つかるまでの間自宅でお世話をする「猫の預かりボランティア」。小禄広海さんは、鎌倉と逗子の境にあるちいさな港町でお菓子づくりをする傍ら、保護猫活動の一環として「猫の預かりボランティア」を行っています。広海さんがお世話をする“預かりっ子”たちとの日常をつづった「ねこおば日記」。今回は、老猫セオを襲った「FIP」との闘病記をお話しします。

    年末に判明した「FIP」という病気

    年末から具合が悪くなったセオ。検査をすると感染症の一種「FIP=猫伝染性腹膜炎」という病気でした。

    FIPは治療法が確立されてなく、保護活動をしている者にとっては最も嫌な病気のひとつです。

    ひと昔前までは、ほぼ100%の猫が死に至ってしまう病気でした。

    FIPになると、日に日に弱っていく我が子をただただ見守ることしか出来ず、そこには無力感しかありませんでした。

    画像: 年末年始、自宅で点滴をしているところ

    年末年始、自宅で点滴をしているところ

    高額な薬と投薬の現実

    それが近年、アメリカで薬が発明され、同じ内容のものが中国から「ムティアン」と言う名で販売されました。これがすごくよく効いたのです。

    ただ、日本では未承認薬のため「ムティアン」を扱わない病院がほとんど。

    そしてむちゃくちゃ高いのです。

    投薬期間は84日間が推奨されていて、投薬量はほぼ体重で決まるのですが、成猫だと薬代だけで最低100から150万という記憶。

    皆さんは、この薬を一日でも早くあげれば治る、でも100万します、と言われたらどうしますか?

    この薬が出た当時、ちょうどクラウドファンディングが世間で広まりつつあり、『猫』『FIP』と検索すると薬代をクラファンで集める人たちが沢山いました。何十匹と抱えた保護活動をしている人ならまだしも、自分の子の薬代を払えないのは、いかがなものかと言われたりもしました。

    その後、「ムティアン」は名称が変わり、中国では似たような薬が出てきました。また、数年前には「モルヌピラビル」という人間のコロナの治療薬として開発された薬が、猫のFIPにも有効だとして注目されています。この薬は認可が降りているので、私が通っている病院でもたしか14万で注文可能と言われました。しかも次の日には届きます。150万が14万になりました。

    ここでFIPと言われたウチのセオに話を戻します。

    FIPは早期発見、早期投薬が生死をわけます。

    以前にもFIPの投薬をした事があり、実はその時使った高級な「ムティアン」が残っていました。

    なので、手持ちの「ムティアン」をあげつつ、個人輸入でインドのジェネリックの「モルヌピラビル」を購入し、経過を見て次をどうするか決めようと思いました。

    なんとインドの「モルヌピラビル」は5800円(笑)。150万が5800円になりました。

    ただジェネリックですし、そもそも「モルヌピラビル」については諸説あります。これに関してはとりあえず安いから常備薬として買っておこう、という気持ちでした。

    画像: ほんとうは独りでいたいびんちゃんと幼いセオ。びんちゃんもFIPで亡くしました。当時はまだ薬がありませんでした

    ほんとうは独りでいたいびんちゃんと幼いセオ。びんちゃんもFIPで亡くしました。当時はまだ薬がありませんでした

    セオへの投薬スタート

    そして、取り急ぎ「ムティアン」をセオにあげ始めたのですが、まー、これがけっこう大変だという事をすっかり忘れていました。

    まず投薬時間が24時間に1回と厳密に決まっていて、30分の誤差しか許されないのです。

    1日、いや半日でも空くと、もう一度最初から84日間やり直しとも言われています。

    なので必ず家にいる時間に投薬をスタートします。

    会社勤めの一人暮らしの方で、うっかり日曜日の昼間などにスタートしてしまい、次の日その時間に投薬出来ないのならやり直しです。

    昔、期待はずれのデートを早く切り上げたい時に「猫にご飯をあげなきゃいけないから帰ります」なんて言い訳がまかり通っていて(私だけ?)、当時ですらツッコミどころ満載でしたが、「同じ時間に投薬しなきゃならないから」は、使えるしおすすめします。そして次いつ会えるか聞かれたら看病でそんな気分にならないと言えるし完璧です。(笑)

    冗談はほどほどに、しかしほんとうに大切な人たち以外とつき合っている時間はなくなります。

    成猫に投薬するのは今回初めてで、「ムティアン」はカプセルに入った粉なのですが、セオの場合1日1回でカプセル6錠分あげなければならず、カプセルから全部出してチュールでのばしたものの、食べてくれなかったり、カプセルごと口に入れても上手くいかなかったり。

    画像: セオへの投薬スタート

    カプセルの中は謎に赤い粉で、下手に失敗すると朱色のシミをそこらじゅうにつくる羽目になります。

    白い子なら顔の周りも朱色になり、自分の不甲斐なさを見せつけられます。何せ1日あたり1万円以上するので失敗は許されませんし、できれば失敗したくありません。

    画像: 流動食に薬を溶いてみたり、悪戦苦闘したあと

    流動食に薬を溶いてみたり、悪戦苦闘したあと

    集中力と気合いと根性が試されます。直ぐに投薬器というものを買ったりしてなんとかなりましたが、猫も人も結構疲れます。

    セオの場合は嫌がって口を閉じ、力むと痩せてズレたのか片側の犬歯が上唇を刺してしまうので、そうならないように注意する必要もありました。

    それでも回復しないセオと、次の手立て

    そんなスタートから数日経っても、セオは全く良くなりません。どんどん元気がなくなっていきます。

    FIPの薬は即効性が高いイメージなのですが、どうも内臓がやられているからか飲み薬を吸収出来ないようでした。

    セオをもらった、いままでに沢山のFIPの子を見てきた保護団体の代表に相談して、おすすめのサイトからGSと呼ばれる注射剤を購入する事にしました。

    こちらも中国製で未承認です。セオの場合、1本でほぼ1週間分で17,000円くらいでした。

    到着に早くて2日と言われました。2日間の長かったこと。

    販売元はLINEで親身になっていろいろと教えてくれます。

    届いた1日目は器具もなく久しぶりの皮下注射だったので、病院でレクチャーしてもらいながら打ちました。薬を持ち込むなんてFIPならでは。倫理的に処方はしないけれど患者の助けはする、という主治医の懐の深さを感じました。

    セオが教えてくれたこと

    注射による奇跡の復活を期待したものの、結局、セオは次の日の夕方に亡くなりました。

    何度も言いますが、FIPは早期発見、早期投薬が大切。

    子猫だとわかりやすいですが、老猫の場合、他の疾患と重複していたりで気づくのが遅くなる可能性があります。

    あとはセオの場合、病院のお正月休みと臨時休業が大きかったです。そして最初から注射剤だったら間に合ったかもしれません。でもこれはたらればですね。

    画像: まだ毛が伸びかけの1歳未満のセオとシナ

    まだ毛が伸びかけの1歳未満のセオとシナ

    セオは最期の数日は引きこもっていましたが、その前は半月くらい毎日私の身体の上で寝てくれました。「あら、久しぶり」と思いました。

    最期に一緒に寝てくれたのは彼の優しさなのかなぁと人間は都合よく考えてしまいます。

    彼は昔から一緒に寝てくれる時は必ず、下腹部や腰に乗ります。朝方に仰向けになって寝ているとちょうど膀胱の真上あたりに来て、圧迫されてトイレに行きたくなるのですが、せっかく来てくれたのに起きたら戻ってきてくれないからとよく我慢していました。

    横を向いて寝たら寝たで、腰骨の辺りにまるで岩の上にへばりつくように座ります。寝返りを打ってもうまく動いて落ちずにバランスを取ります。まるでロッキー山脈の断崖絶壁に居いるヤギのように。

    そしてそっと手を伸ばすとそこには天国の雲ってきっとこんなはずと思うくらいのふわふわのセオがいてほんとうに幸せでした。やさしいやさしいセオ。

    あの感触は一生忘れません。

    画像: セオのお腹のカーリーヘアが大好きでした

    セオのお腹のカーリーヘアが大好きでした

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    画像: セオが教えてくれたこと

    小禄広海(おろく・ひろみ)
    幼少の頃からお菓子作りが好きで、Bakeromi(ベカロミ)という名前で活動中。現在は鎌倉、材木座にあるカフェに毎日お菓子を納める傍ら、猫の預かりボランティアを中心に保護活動もする、バタバタな毎日。来世はやはり家猫になりたい。
    インスタグラム@catladyorock@bakeromi



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