• ある日突然、目が見えなくなる──。2016年に一夜にして視力を失い、3歳の娘、そして生後3カ月の息子を抱えて、絶望の淵に突き落とされた石井健介さん。しかし、その「見えない世界」は新しい家族のあり方を教えてくれるものでもありました。家族が信頼し合い、支え合う。初のエッセイ本『見えない世界で見えてきたこと』(光文社)を刊行した石井さんに、目が見えなくなってからの家族の軌跡を伺いました。

    「あの頃のパパがいい」。娘の一言で失ってはいけないものを思い出す

    ──奥さまやお子さんたちは石井さんの失明をどのように受け止めていたのでしょう

    妻はもともと肝が座った性格で、看護師ということもあり、「病気になったものは仕方がない。後遺症につきあっていくしかない」といわれました。そんなふうに、どーんと構えてくれていたのが、本当にありがたかったですね。

    娘はまだ3歳だったので、父親の目が見えないということが半分わかって、半分わからないという感じでした。病室の窓際の景色を説明してくれたり、トイレに付き添ってくれたりするのですが、その一方で退院して家に帰ると「パパ、絵本読んで」「お人形で遊ぼう」と無邪気にいってくるんです。

    画像: ──奥さまやお子さんたちは石井さんの失明をどのように受け止めていたのでしょう

    そんなふうに娘にいわれても「ごめんね、パパ、できない」と泣き崩れてしまって。娘は娘で、よくわからないまま「自分がパパを泣かせてしまった」と……。そんな感じでお互いどう接していいかわからなくなって、娘と距離ができてしまったんですよね。

    ──それは切ないですね

    そんなときに、ある日、妻から娘が家に飾ってある家族の似顔絵を指して「あの頃のパパに戻ってほしい」といっていたと聞かされたんです。

    妻には「このままでいいの? これがあなたの望んでいること? できないことよりできることを探したほうがいいんじゃない? そういうの得意だったこと、知っているよ」といわれました。

    画像: 石井さんの目が見えていた頃、娘さんが2歳になる前に絵描きの笑達さんに描いてもらった家族の似顔絵  (撮影/小禄慎一郎、『見えない世界で見えてきたこと』より)

    石井さんの目が見えていた頃、娘さんが2歳になる前に絵描きの笑達さんに描いてもらった家族の似顔絵

    (撮影/小禄慎一郎、『見えない世界で見えてきたこと』より)

    何度も絶望を味わってきましたが、この言葉には本当に膝から崩れ落ちるではすまないくらい、崩れ落ちましたね。

    見えなくなっていちばんつらかったのが、娘の顔が見れないことだったはずなのに、そんな娘との関係さえも失いかけていた。たとえ目が見えなくても家族を愛しているし、家族からも愛されたい──。

    見失っていたものを改めて見つけた。それが、自分自身が立ち直る大きなきっかけになった気がします。変わらなくちゃではなく、変わりたいと心境が大きく変化しました。

    そこからは娘と一緒にできることを探すようになりました。人形遊びも、人形を触って「これは何?」って聞いてみる、ボール遊びも投げるのではなく転がしてみる……。

    見えなくても一緒に楽しめることを探すうちに、自分の持っているCDをかけながら一緒に踊ることを思いついて、部屋でものすごいテンションでジェームス・ブラウンを一緒に踊ったり。このときのダンスがヒントになって、大人と子どもが一緒に踊れるイベントをするようにもなりました。

    画像: ──それは切ないですね

    ※ 後編では、失明によるつらい時期を乗り越えてきた石井さんの、人生を前向きに生きるための秘訣や楽しみ方をお届けします。近日公開予定。

    〈撮影/星 亘 取材・文/工藤千秋 撮影協力/BAR MEIJIU〉



    石井健介(いしい・けんすけ)
    ブラインドコミュニケーター

    1979年生まれ。アパレルやインテリア業界を経てフリーランスの営業・PRとして活動。2016年の4月、一夜にして視力を失うも、軽やかにしなやかに社会復帰。ダイアログ・イン・ザ・ダークでの勤務を経て、2021年からブラインドコミュニケーターとしての活動をスタート。さまざまな領域で活躍している。
    X:@madhatter_ken

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    見えない世界で見えてきたこと

    『見えない世界で見えてきたこと 』|石井健介(著)

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    あの日の朝、僕は目が覚めたら目が見えなくなっていた。
    36歳にして視力を失った著者による、まるで小説のような自伝エッセイ

    視力を失った僕は今、青く澄んだ闇の中に生きている。見えていたころには見えなかった、目には見えない大切なものが見えてきた。声を出して泣ききることも、人に頼って助けを求めることも、難しいことではなかったんだ。僕は生きることがずっと楽になった。



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