(別冊天然生活『暮らしを育てる台所2』より)
手を動かしてつくればおいしいから、今日もふたりで
台所は南向き、窓からは庭の緑と海が見えます。
「日が当たるから本当は適さないけど、晴子は長い時間を台所で過ごすから、眺め優先で」と太郎さん。
ふたりで台所に立てるように、シンクは2つ。正面が太郎さん、窓辺が晴子さんと決まっています。

L字形のキッチンの正面が太郎さんの定位置、晴子さんは右奥を使う。「台所は広くなったけれど、東京の家を知る友人たちは、以前と似ているといいますね」
「太郎の料理はみんなに見てもらう、ショーなの。私は見られたくないから奥」と晴子さん。
ちょうどオレンジ5kgをジャムにしたばかり。

かたくなったねぎを刻み、飴色になるまで炒めて。檀流バーソーはごはんのお供、湯を注いでスープに、調味料にも使える
ジュースを絞ったあとの皮は砂糖やチョコをまとわせたピールに。
能古に来てからお歳暮もお中元も手づくりのもの。
「あなたのでないと」「また来年も」、そんな言葉を聞くとつくらずにいられない。
窓の外に広がる青い空と、青い海。
能古島の豊かな四季を毎日の食卓と小さなびんに詰め込んで
「もはやホームメイドというよりファクトリーね。手を動かしながら、窓の外に目を向けて、心は遊ばせているんです。ウミウが群れをなして飛んだり、ウグイスがだんだん上手に歌うようになったり、毎日違うのよ」
ふたりが暮らす能古島は、太郎さんの父である作家、檀一雄が晩年を過ごした地。

島へ渡るフェリーから見た能古島
旅先で味わった料理を自身の感覚を頼りに自宅の台所で再現してきた、文壇屈指の料理人でもあります。

干しなすとトマトピューレをパスタのソースに。「食べきれない野菜は、干せるものは片っぱしから干してストックします。離島は蓄えがないと不便なので知恵と工夫でやりくりします」
食にさほど興味がなかった晴子さんにとって、嫁いでからの日々は「驚きの連続」だったそう。

干しなすとトマトのパスタ、畑で採れたアーティチョークやアスパラガス、そら豆、ピクルスやパンも自家製。ここにあるもので充実の昼食に
「食は家でつくるものなんだと、檀家の暮らしに思いましたね。あるとき、代官山のカフェでホームメイドのコンビーフのサンドイッチを食べたんです。つくり方を聞いてみたら、うちでつくっていたタンの塩漬けと一緒だったの。牛の舌とバラ肉と部位が異なるだけ。がんばったらだいたいのものはつくれるんだって、そのとき、思いました」

地元のブラッドオレンジやいちごでつくったジャムが箱いっぱい。「買ったものを贈るのは好きじゃなくて、季節のあいさつやお礼に、つくっては贈ります」
本記事は、別冊天然生活『暮らしを育てる台所2 』(扶桑社ムック)からの抜粋です
* * *
本書には、12軒の台所が登場します。
そのどれもに共通するのは、日々の暮らしが息づいていること。
トントントン、ザクザクザク……。いつの間にか、体に染みついた動きで料理が完成し、さっきまで、慌ただしかった気持ちが落ち着いていく。
家族や、遊びにきた友人や仲間と調理の作業をリレーしたり、味見をお願いしたり、最近あった出来事を報告し合いながら、わいわいにぎやかに料理し、台所に立つ。
支えられたり、笑顔になったり。たくさんの時間を台所で過ごし、ごはんをつくる。その小さな幸せを積み重ねることで、豊かな暮らしは生まれるのでしょう。
台所は、私たちの「暮らし」そのものなのです。
<撮影/大森今日子 取材・文/宮下亜紀>
檀 太郎・晴子(だん・たろう、はるこ)
共にエッセイスト。太郎さんは作家・檀一雄の長男でCFプロデューサーとしても活躍してきた。2009年福岡の能古島へ移住。太郎さん最新刊『檀流・島暮らし』(中央公論新社)、晴子さん『檀流スローライフ・クッキング』(集英社)など著書多数。