ベニシアさんの愛したハーブ&スパイス料理
タラコ・スパゲティーのつくり方

材料(2人分)
| ● スパゲティー | 160g |
| ● 塩 | 大さじ1と1/4(20g) |
| ● 水(茹で汁用) | 2L |
| ● タラコまたは辛子明太子 | 80g |
| ● バター | 60g |
| ● パルミジャーノ・レッジャーノ(またはパルメザンチーズ) | 30g |
| ● 刻み海苔 | 適量 |
| ● 青ジソの葉(粗く刻む) | 適量 |
| ● パクチー(好みで) | 適量 |
つくり方
1 スパゲティーを茹でる水と塩の量は、スパゲティー1人前(80〜100g)につき、水1L、塩は水の1%なので10gが基本。鍋に塩水を沸騰させてパッケージの指示通りに茹でる。

2 別の鍋にバターを入れて加熱し、黄金色の焦がしバターをつくる(香ばしくするため)。そこにスパゲティーの茹で汁大さじ2を加えて、ソースのベースにする。

3 2の鍋に薄皮を除いたタラコと薄く削ったパルミジャーノ・レッジャーノの3/4を加えよく混ぜる。
4 3に茹で上がったスパゲティーを混ぜる。水分が足りなければ茹で汁を少し足す。

5 スパゲティーを皿に盛り付けて、残り1/4のパルミジャーノ・レッジャーノ、刻み海苔、青ジソ、パクチー(写真には使用していない)を飾る。
memo
ピリ辛好きな人は辛子明太子を使い、辛いのが苦手な人は唐辛子が入ってないタラコを使うといい。パルミジャーノ・レッジャーノは「イタリアチーズの王様」といわれるほど人気が高いチーズである。
〈写真・文/梶山 正〉
※本記事は『ベニシアの愛したハーブ&スパイス料理』(山と渓谷社)からの抜粋です。
◆ベニシアさんがこよなく愛した「ハーブとスパイス」の思い出とレシピ◆
ともに過ごして楽しかった日々、一緒に食べた料理……ベニシアさんが天国へ旅立ったあとも、思い出がいつでも頭に思い浮かぶという夫の正さん。
ベニシアさんが夢中でつくったハーブガーデンや残してくれたレシピを通じて、いつもそばにいてくれるような温かさを感じると話します。
本書は、ベニシアさんを一番近くで見守ってきた正さんが「食」を通して語る、ハーブやスパイスを使ったふたりの思い出の料理とレシピを綴った1冊。
花やハーブを愛し、手づくりを楽しんだベニシアさんの生き方に、心がじんわりと温かくなります。
【目次】
ハーブをこよなく愛した、在りし日のベニシア
ようこそ、ベニシアが愛した数々のハーブやスパイス料理の世界へ
ロースト・ラム/コーニッシュ・パスティ/コールド・ポークパイ/ラザニア/カツオのたたきのカルパッチョ/トマト・ソース/フムス など
ベニシアが愛したハーブ&スパイス
・ハーブ
ローズマリー/パセリ/ディル/コモンセージ/バジル/みょうが/オレガノ/パクチー/青ジソ/セロリ/ネギ/柚子/ドクダミ など
・スパイス
グリーンカルダモン/クローブ/シナモン/イエローマスタード/ブラックペパー/パプリカ/クミン/ターメリック/コリアンダー など
梶山 正(かじやま・ただし)
写真家。料理人。1959年、長崎に生まれる。大学芸術学部に入るが、ほぼ行かずに除籍。その後、京都調理師専門学校卒業後、2年間、料理屋勤務。1984年、24歳の時に自分を変えたいと思い、インドを8ヶ月間、彷徨い、帰国。暮らしていた京都郊外の学生アパートを改造して、インドカレー屋DiDiを始めた。ベニシアはDiDiの客。若い頃に滞在したインドが懐かしかったのだろう。1988年からDiDiを京都大学近くに移店し、約30年間経営した。1992年にベニシアと結婚して以降は、写真と執筆関係の仕事を専業とする。著書に『ベニシアの「おいしい」が聴きたくて』(山と溪谷社)、『ベニシアと正、人生の秋に』(風土社)、『ポケット図鑑日本アルプスの高山植物』(家の光教会)など。
梶山 ベニシア(ベニシア・スタンリー・スミス Venetia Stanley-Smith)
ハーブ研究家。1950年イギリスのロンドンに生まれる。裕福な貴族家庭で育つが、思春期の頃には様々な疑問を抱いて、19歳の時に自己探求のためインドへ旅立つ。聖地ハリドワールのアシュラムで約5ヶ月間、瞑想の日々を送ったあと、1971年にほぼ無銭で日本を目指した破天荒な若者だった。1974年に日本人と結婚して3児を育てる。1978年に京都で英会話スクールを始める。1992年梶山と再婚して末っ子の悠仁が生まれる。1996年に大原の古民家へ引っ越して、そこにハーブ園を作った。2007年に出版した『ベニシアのハーブ便り』(世界文化社)が注目され、NHKドキュメンタリー番組『猫のしっぽカエルの手』が始まる。番組は続いたが、ベニシアはPCAという病気と闘い、2023年6月に死去した。






