(『天然生活』2025年6月号掲載)
エンジンの聞き分けから「耳で焙煎」へ
埼玉県上尾市の「領家グリーンゲイブルズ」は、視覚障害や盲重複障害などのある人たちが通う福祉事業所です。
ここで評判を集めているのが、利用者たち自身が手がけるコーヒー。週末には各地の催しに呼ばれ、リピーターも多く、品薄になることもある人気商品です。
そんな一杯が生まれた背景には、一人ひとりの感覚や個性に目を向けた、ある転換がありました。

「僕らは耳で焙煎をする。」という象徴的なネーミングは、視覚障害者たちの聴覚を信じた指導員、松本昌江さんによるもの
領家グリーンゲイブルズの利用者たちの活動の幅をとりわけ広げ、深化もさせたコーヒー焙煎。事業所開設当初に導入されたのは、実は、ボタン操作のみの自動式焙煎機だったそう。
それを知り、直火焙煎への転換を発案したのは、工賃の向上を目指す指導員として事業に携わっていた「アウトドアカフェ 山小屋」(上尾市)の元店長、松本昌江さんでした。
自身も自家焙煎を行う松本さんが着目したのは、事業所に出入りする複数の送迎車の車種を、エンジン音のみで正確に聴き分けていた利用者、鬼海翔太さんの聴覚。
プロの焙煎士も当たり前のように使う耳に、これだけ繊細な感覚を持ち合わせる人たちならば、きっと豆の音も聴き分けられる......そんな松本さんの後押しを受けた利用者たちは、より聴覚を研ぎ澄まし、試飲を繰り返して味覚や嗅覚を磨き、日々の温度、湿度を敏感に読みとる感性も身につけていきました。

「うちは一回一回豆を挽いているから、香りはすごくいいと思う」と職員のひとり。湯が注がれてこんもりと膨らんだ豆から、いやされるような香りが
「松本さんがいてこそのいまですが、これまで3000回近く焙煎しているうちに、皆職人になってきています。抜きどころ、集中しどころを理解しているし、焙煎レシピも季節や肌感覚で『こうしてみようか』と調整している。私じゃわからないです」と笑う領家グリーンゲイブルズ代表の加藤木貢児さん。
「僕らは耳で焙煎をする。」、そう名づけられたコーヒーは、何よりそのおいしさがリピーターを呼び、常に品薄の人気商品に。週末の大半は各地の催しに招かれ、一回一回、その場で挽いた豆をドリップします。
ここで黙々と腕を振るう岸井和也さんは、片麻痺で右半身が動きませんが、目が見えることから、松本さんの勧めでドリップを担当するようになったそう。

豆挽きからドリップまでの一連の作業を、動く左手のみを使い、丁寧に行う岸井和也さん。カップを返しにきたお客さんから「おいしかったー」と声が上がる
慣れた様子で左手でセットした挽いた豆に、まずはケトルから湯をひと垂らし。豆がふっくらとして、表面からガスが抜ける様子にじっと目を凝らしたのち、細く、静かに湯を注ぎます。ふわりと立ち上がる芳香は、人を呼び寄せる力十分。
同時に、一人ひとりにある個性と可能性を見いだし、積み上げられてきた味。この先も、さらに多彩に広がっていきそうです。
<撮影/川村恵理 取材・文/保田さえ子>
領家グリーンゲイブルズ
2020年4月、埼玉県上尾市に開設された多機能型事業所(生活介護・就労継続支援B型事業)。盲学校の保護者有志の活動から始動した「認定NPO法人みのり」が運営。視覚やその他の障がいのある人たちによるコーヒー焙煎、点字打ち、農業生産などの作業や、盲重複障がいのある人たちを対象とした生活介護などを行う。
https://event.ageo-minori.or.jp/
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです




