よく鳴く猫は困った子? おしゃべり猫との付き合い方
3年前に我が家へやってきたママ猫「ヨナ」の名前の由来は、「よく鳴く」です。
そのままです。もう少ししゃれた由来があってもよかったのですが、とにかく、よう鳴くので仕方ありません。
朝も鳴く。昼も鳴く。夜も鳴く。
なんなら、「あ、いまちょっと静かだな」と思ったあと、急に思い出したように鳴きます。
しかも声量がすごい。「ニャー」というより、「アアーーーーー!」です。肺活量が、完全にオペラ歌手。

オペラ歌手は体型もばっちり
最初は心配しました。
外へ出たいのかな。家のあちこちにいる子猫を探しているのかな。どこか痛いのかな。いろいろ考えました。けれど、どうもそういう感じでもないのです。

保護したばかりのヨナ。やはり鳴き通し
ごはんは食べる。眠る。甘える。そして急に鳴く。本当に、「あ、そうだ、鳴いておきますか」くらいの自然さで始まります。
しかもヨナ、自分で満足したら急に終わります。こちらだけが、「いまの何だったんだろう......」となります。
そんなヨナを見ていると、昔いた、「まめ」のことを思い出します。ふくふくした小柄な黒猫の、まめ。まめも、それはそれは、「よく鳴く子」でした。
夜中にずっと鳴いてしまい、里親さんが眠れなくなってしまったのです。
たくさん悩んでくださった末、まめはわが家へ戻ってきました。
あのころのまめは、本当に、おもしろい声で鳴いていました。
「モーーーーーン!」みたいな声。

保護したばかりの、まめ。鳴き通し
しかも、びっくりするくらい響きます。
こちらとしては、「その小さい体のどこに、そんな声量をしまっているの」と思います。猫というより、非常ベルでした。
もちろん最初は、「何か理由があるのかな」と考えました。さびしいのでは? 不安なのでは? 環境に慣れないのでは? でも、一緒に暮らしているうちに、少し考えが変わってきました。
鳴くことそのものが、その子の“しゃべり方”なのかもしれないと。

まめ、遊ぶときも鳴きながら
静かな子もいます。気配だけで暮らしているみたいな子。逆に、「ちょっと聞いて」「いまここ」「なんか言いたい」を、全部声で伝える子もいます。
人間と少し似ています。静かな人もいれば、しゃべっているほうが安心する人もいる。ヨナやまめは、たぶん後者なのでしょう。
実際、まめは不思議なことに、3年くらいたったころから、少しずつ静かになっていきました。

リラックスしたまめ
何がきっかけだったのかは、いまでも分かりません。安心したのか。歳を重ねたのか。「もう言いたいこと、だいたい伝わった」と思ったのか。理由はわからないままです。
ただ、ある日ふと、「あれ、近頃あまり鳴かないね」と気づいたのです。
だから最近は、ヨナが昼間から急にオペラを始めても、「今日も絶好調だねえ」と思うようになりました。
もちろん、夜中はちょっと眠いです。
昼間も、文章を書いている横で熱唱されると、なかなかです。
でも、鳴けるということは、安心しているということなのかもしれません。少なくとも、「声を出しても大丈夫な場所だ」と思ってくれている。
そう考えると、あの大音量も、少しだけ愛おしく聞こえてきます。
本当に、少しだけ......ですが(笑)。
◇ ◇◇ ◇◇

咲セリ(さき・せり)
1979年生まれ。大阪在住。家族療法カウンセラー。生きづらさを抱えながら生き、自傷、自殺未遂、依存症、摂食障害、心の病と闘っていたところを、不治の病を抱える猫と出会い、「命は生きているだけで愛おしい」というメッセージを受け取る。以来、NHK福祉番組に出演したり、全国で講演活動をしたり、新聞やNHK福祉サイトでコラムを連載したり、生きづらさと猫のノンフィクションを出版する。主な著書に、『死にたいままで生きています』(ポプラ社)、『それでも人を信じた猫 黒猫みつきの180日」(KADOKAWA)、精神科医・岡田尊司との共著『絆の病──境界性パーソナリティ障害の克服』(ポプラ社)、『「死にたい」の根っこには自己否定感がありました──妻と夫、この世界を生きてゆく』(ミネルヴァ書房、解説・林直樹)、『息を吸うたび、希望を吐くように──猫がつないだ命の物語』(青土社)など多数ある。
ブログ「ちいさなチカラ」





