(『天然生活』2017年9月号掲載)
「あなたの料理は、母の料理と、同じ味がする」
東京都内の施設「深川東京モダン館」。この場所で、しらいのりこさんは昭和初期の料理本を参考に、その味を再現する「モダン食堂」の催しを、2017年12月まで、6年ほど続けていました。
「昔の料理なんて、味気ないのでは?と思うかもしれませんが、手順はていねいですし、いまの感覚でもおいしいものが多くあります」
当時、これらの本を見ながら料理をしていたのは、余裕のある良家の奥さまたちではなかったか、と想像する、しらいさん。教える方も、そのころは珍しい“洋行帰り”やモダンな人が多かった様子。現地の味を、かつての日本の食材でどう再現するか、心くだくさまが、ほほ笑ましいといいます。
「モダン食堂」には老若男女が訪れますが、心に残るのは、3年前の、ある年配の女性の言葉。
「あなたの料理は、母の料理と、同じ味がする」
間もなく、長崎の娘さんの家に身を寄せるという彼女は「もう生きているうちにあなたの料理を食べられることはないと思う。ここでいつも、懐かしいあのころの気持ちになれたわ。いままで、ありがとう」と静かに頭を下げました。
ひと皿の味わい、立ち上る香り。生まれる遥か昔の本を見てつくった料理が、そのころを生きた人のかつての気持ちを呼び覚ます。開けば端から崩れるほど年季の入った一冊。いまはだれにも使われていないその本が、だれかと自分を、こんなにも温かくつなぐバトンになったことを感じる出来事でした。
レシピの参考にした本
A
婦人倶楽部 五月號附録『家庭西洋料理全集』
『婦人倶楽部』の付録。「果物、野菜、肉、魚と各食材ごとに分類されたレシピ、食材の鮮度の見分け方と栄養一覧、西洋料理の用語辞典など、現代でもここまで掲載している付録はなかなかないな、と感心するほどの充実ぶり。洋食をいただく際のテーブルマナーのページは見る価値有です」
出版社:大日本雄辯會講談社
発行年:1937(昭和12)年
B
素人に出来る 珍しい料理十二ヶ月
月ごとの旬の食材を使用した和食の献立、洋食、中華、総菜なども掲載。「ひと手間かかった料理が多く、スカツチエツグには『松茸のフライ等を附け合わせても結構』などと、材料も高価なものがちらほら。当時の“素人”のすごさを感じます。『料理の一行知識』も必見」
東京料理献立研究会 著
出版社:啓文社
発行年:1937(昭和12)年
C
主婦之友 九月號附録『お客料理の作方』
茶会、ひな祭り、卒業祝、ちょっとした記念日などのおもてなしの献立とレシピを掲載。「盛り付けからテーブルセッティングまで、イラスト入りで掲載されているので、とても便利です。当時の方たちの年中行事、おもてなしに対する熱い気持ちが伝わってくる貴重な一冊ですね」
出版社:主婦之友社
発行年:1933(昭和8)年
ビフテキライスコロッケ A 家庭西洋料理全集より
バターとウスターソースが香るライスをさっくりコロッケにしてつけ合わせに。ビフテキは、下味を強めに入れましょう。
材料(5人前)
- 牛ステーキ肉 75匁(300g)
- 玉葱(大) 1個
- バター 大匙2杯
- 卵 2個
- 御飯 御飯茶碗2杯(360g)
- メリケン粉、パン粉、塩、胡椒 少々ずつ
- ウスターソース 大匙1杯
- 牛脂またはサラダ油 適量
- パセリ 5枝
拵え方
- 玉葱を細かに切ってバターで炒め、その中に御飯とウスターソース、湯大匙1杯(分量外)を入れ、塩、胡椒で味をつけて煮ますと柔らかい御飯になりますから、冷ましておきます。
- よく冷めたら10個に分けて好みの形に握り、メリケン粉をまぶし、卵の溶いたのをつけ、次にパン粉をつけて牛脂またはサラダ油で揚げます。
- 五つに切り分けた肉に塩・胡椒をしておき、召し上がるとき、フライ鍋(フライパン)に牛脂またはサラダ油を少々溶かして両面を炒め、さらにコロッケ2個と、肉ひと切れとパセリを盛って出します。
トマトスープ A 家庭西洋料理全集より
ほぼ、トマトとミルクだけで、この濃厚なおいしさ。当時は裏漉し器とたわしを使い、ピュレにしていました。
材料(5人前)
- トマト(裏漉しにかけたもの) 大匙15杯(トマトピュレ200g)
- 牛乳 4合(約720ml)
- メリケン粉 大匙4杯
- 塩 小匙1杯
- 胡椒 少々
- バター 大匙3杯
- クルトン 少々
拵え方
鍋にバターを熱してメリケン粉を加え、褐色に炒り混ぜてから弱火にして、牛乳を少しずつ加えながら溶きのばし、塩、胡椒で味をつけ、トマト(トマトピュレ)を加えてかき廻しながら熱く煮て火から下ろします。スープ皿に盛り、クルトンを散らしてすすめます。
※掲載のレシピは、出典のレシピ、記述を元に、現代でつくりやすいよう、アレンジを加えたものです。
※メリケン粉とは小麦粉のことです。
※1匁=3.75g、1寸=3.03cm、1分=0.303cm、1勺=18.039mlとして、半端分は基本的に繰り上げしています。
「浅蜊のカリード」 しらいのりこさんが再現する、モダン料理の拵え方へ ⇒
「ベーグビーンズ」 しらいのりこさんが再現する、モダン料理の拵え方へ ⇒
「スカツチエッグ」 しらいのりこさんが再現する、モダン料理の拵え方へ ⇒
「のり巻きサンドウヰッチ」「カナッペ」しらいのりこさんが再現する、モダン料理の拵え方へ ⇒
「リボンゼリー」しらいのりこさんが再現する、モダン料理の拵え方へ ⇒
<料理/しらいのりこ 撮影/川村 隆 スタイリング/久保原惠理 取材・文/福山雅美 イラスト/宮野耕治>
しらいのりこ
料理研究家。夫シライジュンイチと炊飯系フードユニット「ごはん同盟」を結成。お米料理、ごはんに合うおかず、お酒にあうおつまみまで、幅広いジャンルで各種メディアへのレシピ提供、料理教室等などを行う。近著に『パラパラじゃなくていい!最高のチャーハン50』(家の光協会) https://www.amazon.co.jp/dp/4259566202/
ごはん同盟web
http://gohandoumei.com/
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです