(『天然生活』2022年4月号掲載)
忙しい合間を縫ってつくってくれた、母の味
おいしそうな食べ物がよく作品に登場し、自身も料理上手な小説家の小川糸さん。
ドライカレーにカツサンドというモダンなお弁当に、料理上手は母親譲りなのかと思いきや……。
「母は料理が得意なほうではなかったと思います。毎日の晩ごはんは祖母がつくっていたので、私は祖母の味で育ちました」
ふだんのお弁当は祖母がつくる和食の残りを詰めたものが中心でした。
行事のときは食卓に並ぶことの少なかった洋食を母親が持たせてくれたため、よけいに思い出に残っているそう。
「母は忙しく働いていたので、何もつくれないときは近所の洋食屋さんで買ったおかずがお弁当に入っていました。私は外食と同じでうれしかったけれど、母は『手抜きでごめんね』と申し訳なさそうでしたね。ドライカレーもカツサンドも、その洋食屋さんのメニューをお手本にしたんだと思います」
小川さんは3人姉妹で、父の分と合わせると、多いときで5人分のお弁当をつくっていた母。
毎日が大変だったはずなのに、文句ばかりいってときにはケンカし、お弁当を食べなかったこともあったそう。
関係がギクシャクしても、朝になればきちんと持たせてくれたお弁当は、愛情のこもったお手紙みたいなものだったといいます。
「運動会のときの定番のお弁当だった栗ごはんも思い出に残っています。母が亡くなってから自分でつくってみたら、皮をむくのが大仕事でした。こんなに大変なことをしてくれていたなんて、愛情以外にないと今頃気づきました」
実は小川さん、ドイツで暮らしていたころ、友人の子どもを1週間預かりお弁当づくりもしました。
「すごい量の唐揚げ弁当をつくったときも残さずきれいに食べてくれて、うれしかったです。それが一番の感謝の伝え方ですよね。きっと母も、そう思ってくれていたんじゃないかな」
〈撮影/山川修一 取材・文/長谷川未緒〉
小川 糸(おがわ・いと)
小説家。2008年に『食堂かたつむり』でデビュー以来、30冊以上の本を出版。作品は英語をはじめ、さまざまな言語に翻訳され、『食堂かたつむり』はイタリアのバンカレッラ賞、フランスのウジェニー・ブラジエ賞の受賞も。著書に『とわの庭』(新潮社)など。
※記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです