「人の心が穏やかになる」作品を。井上加奈子さんのものづくりの原点
4代続く“服好き”を受け継ぎ、デザインの道へ
やわらかな線で描かれた植物、愛らしい表情の動物、旅先の風景――「Canako Inoue」で表現される作品を眺めていると、遠い国の物語を読んでいるような気持ちにさせてくれます。

動物と人と植物を平等に、やわらかく描いたハンカチーフのシリーズ
「のんびりとやわらかな視点で描く、ということを大切にしています。日々の暮らしの中で“素敵だな”と思ったものや、旅先での思い出をモチーフにすることも多いですね」
全国各地のイベントや百貨店のポップアップでの販売、お店への卸販売のほかに、イラストや陶芸作品の制作など、幅広い活動を展開している井上さんですが、子どもの頃から洋服はとても身近な存在だったそう。

「曾祖母が和裁、祖母が洋裁をやっていて、母も洋服が大好きだった。その影響もあって、昔から洋服はなじみ深いものでした。中学生のとき、祖母が先生をやっていた専門学校のファッションショーに遊びに行ったことがあり、ファッションの仕事って面白そう! とワクワクしたのを覚えています」
美大ではテキスタイルデザインと染色を学び、卒業後もアルバイトをしながら生涯学習の授業を受けて、立体裁断や製図をさらに専門的に勉強。2014年には自らのブランドとして初の展示会を開催し、それをきっかけに「Canako Inoue」として本格的に活動をスタートさせたそうです。

光がたっぷり入るアトリエの図案スペース
フィンランドでの旅が教えてくれた「暮らしを大切にする」こと
そんな井上さんのものづくりにおいて大切な転機になったのは、3年前に訪れた北欧への旅でした。展示会への参加をきっかけにフィンランドへ約3週間滞在した際に、北欧で暮らす人たちの自然へのまなざしや暮らし方が深く心に残ったそうです。
「フィンランドでは現地の方のお宅におじゃまする機会があったのですが、北欧の寒い気候や長い夜の中で、“家で過ごす時間”をすごく大事にしているんだなと感じました。フィンランドには『家がよくないと人生がよくない』という意味のことわざもあるらしくて、暮らしそのものが自分を映し出すというような考え方がとても素敵だなと思いました」

手にしているテキスタイル「森の湖」は、フィンランドで訪れた森や湖をイメージしてつくったもの

玄関には北欧やバルト三国での旅の思い出や、日本のおもちゃなどが飾られている。ゆるやかなごちゃまぜ感が心地よい
「次の季節が楽しみになった」という言葉がうれしい
好きな世界をのびやかに描き、形にする井上さんに、服づくりの大変さとうれしい瞬間について聞くと、笑顔でこう話してくれました。
「洋服の制作は工程が長く、根気が求められることも。体力仕事も多く大変なこともたくさんあるのですが、それでも続けてきてよかったなって思うのは、身に着けてくれた方が暮らしに彩りを感じてくれる瞬間です。オーダーを受けて制作したものをお渡ししたときに、『次の季節が楽しみになりました』といわれたことがあって。あの言葉はすごくうれしかったです」

絵の具を使い図案に手描きしたものを、そのままテキスタイルに
手にとってくれた人に“癒やし”を届けたい
昨年から本格的に取り組み始めた陶芸も、井上さんにとって新しい表現の楽しさを感じるものづくりの分野だといいます。

「私にとっては、絵と図案が“幹”のようなもので、テキスタイルや陶芸での表現が“枝”のように広がっていくイメージです。手法は違うけれど共通する部分はあって。人の心を穏やかにすることや癒しにつながることをテーマに、素材ならではの技術の工夫も探しながら、たくさんの人に届けていきたいと思っています」

動物のオーナメントは型で焼き上げたあとに目や模様を手描きで仕上げるため、表情の違いなど、ひとつひとつの個性が引き立つ
いつかやってみたいことは、病院や施設などの空間づくりへの挑戦だそうです。
「昨年、親戚のお見舞いに病院に訪れたときに、病院の中が殺風景で少し暗い気持ちになってしまうなと感じたんです。布や装飾で明るい色やかわいい柄を取り入れることで、長く入院している方が少しでも気持ちを晴れやかに過ごせたら……。そんな人の人生に寄り添うような空間づくりに、いつか携われたらいいなと思っています」
そう話す井上さんのこれからの表現がどんなふうに広がっていくのか、楽しみで仕方ありません。
【イベント出店のお知らせ】
松屋銀座7階 デザインギャラリー1953“冬を楽しむ贈り物”

会期:2025年11月19日(水)~25日(火)
営業時間:11:00~20:00 ※最終日は17時閉場
場所:松屋銀座 7階 デザインギャラリー1953(東京都中央区銀座3丁目6−1)
詳細は井上さんインスタグラムから。
〈撮影/林紘輝〉
井上加奈子(いのうえ・かなこ)
テキスタイルデザイナー、イラストレーター。多摩美術大学テキスタイルデザイン専攻で染織を学ぶ。2014年にテキスタイル・アパレルブランド「Canako Inoue」を立ち上げ、国内生産のオリジナルテキスタイルを用いた洋服や服飾雑貨などを展開。自社製品の百貨店・イベントでの販売に加え、メーカーや小売店とのコラボレーション、ノベルティ制作などを行う。やわらかな線とやさしい色彩の作品が幅広い層に人気。
インスタグラム@canakoinoue




