(『天然生活』2025年1月号掲載)
小さな「あきらめ」が「悟り」につながる

私たちは「物事を思い通りにしたい」という気持ちをいつも抱えています。しかし、現実は思い通りにいかないことばかりです。
たとえ思い通りになっても、新たに「こうしたい」という思いがやってきます。欠乏感から生まれるこうした消えない欲望が、執着心となって私たちを苦しめます。
まずは、「思い通りになることはない」と、小さな「あきらめ」をもつことが、一切の執着から解かれた「悟り」へとつながります。
悟りとは、「差を取る」こと。だれもがもつ差とは、私たちが「歪んだ眼鏡」で物事を見ていること。歪んだ眼鏡はなくせませんが、そういうことがあると知ることが大切です。
仲間と対話し、自分を一歩引いて見つめる
「いまの時代は人や物、情報にあふれ、過剰な音、情報、意識などの『ライフノイズ』に囲まれています。その結果、人生が複雑化してシンプルに生きることが難しくなっています」と語るのは、東京・神谷町にある光明寺の僧侶・松本紹圭さんです。
松本さんは、「だからこそ、一歩離れて物事を見ること」を勧めます。
「仏教には、新月や満月に必ず一度立ち止まり、自分を振り返る『布薩(ふさつ)』という修行があります。もちろん自問自答もよいですが、よき仲間と一緒に振り返りをするとより効果的です。人は自分のことはよくわからないもの。仲間との対話から自分を知ることができます」
仲間との対話は悩んでいるときこそ有効です。悩みとは、目の前の選択肢のどちらも選べない状況から生まれるものです。
「しかし、それは限られた選択肢しかないという思い込みです。人との対話から、第三の道があることに気づけることもあります」
松本さんも仏教に触れ、心を豊かに耕すことに目が向くように少しずつ変わってきたといいます。
「心を耕すとは、自分を一歩引いて見つめることでもあります。相手の立場に立って考えられるようになり、身のまわりから受けるストレスも少し減った気がします」。
〈監修/松本紹圭 取材・文/工藤千秋 イラスト/とみだせな〉
松本紹圭(まつもと・しょうけい)
東京神谷町・光明寺僧侶。東京大学哲学科卒。武蔵野大学客員准教授。世界経済フォーラム(ダボス会議)Young Global Leader、Global Future Council
Member(2019)。インド商科大学院でMBA取得。noteマガジン「松本紹圭の方丈庵」発行。ポッドキャスト「Temple Morning Radio」は平日毎朝6時に配信中。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです
















