料理人の経験を生かし、第57次南極観測隊の調理隊員に
3度目の挑戦で「南極地域観測隊の調理隊員になりたい!」という夢を叶えた渡貫さん。
約1年間の南極生活では、相方さん(もうひとりの調理隊員)とともに、限られた物資を頼りに隊員30人の食事づくりに精を出しました。
渡貫さんがもうひとつ、コツコツと努力を重ねていたのが、少しでもごみを減らすこと。環境保護条約のもと、廃棄物はすべて自国に持ち帰るため、調理や生活で出るごみを減らすために試行錯誤する日々を送ります。
そんな渡貫さん、住み慣れた日本に帰国したはずなのに、想定していなかった感情が……。

第57次南極観測隊の調理隊員・渡貫淳子さん
限られた南極とものに溢れた日本のギャップに苦しむ日々
南極から日本に戻ってきて、とてつもない無力感に襲われました。
昭和基地で観測隊仲間と「帰国したらあれを食べに行こう」「みんなであったかいところに行きたいね」と妄想トークをしていたのに、何もやる気が起きないのです。
日本は便利で、安全で暮らしやすい。南極に行く前の私はそう思っていたんです。それが、帰国してみたら。
「こんなにも暮らしにくかったっけ?」
想定していなかった感情がわき起こったのです。
食べ物やものはあふれているし、テレビから流れてくる情報も多い。外出先では、不特定多数の音に、思わず交差点で頭を抱えたくなったときもありました。
日常的に体中がきしむように痛み、病院に行っても原因は判らぬまま、数カ月間苦しみました。と、しばらくして気がついたんです。
「これは体が原因じゃない、メンタルの問題だ!」
となると、気持ちを切り替えるしかないのだけれど、はて? どうしたらいいのだろう……。日々の生活のなかで、どんなときにストレスを感じるようになったのかを考えてみました。
ごみを減らすためにごみ袋を“小さく”して暮らしてみた
その日は燃えるごみの日でした。
台所のごみ箱からスタートし、洗面所、リビングとごみを回収。袋がちょうどいっぱいになったので、口をキュッと結び、集積場のボックスに。その後、自宅に戻ってみたら……なんと!
いましがた空にしたばかりなのに、新しいごみが入っていたのです。

いつの間にか新たなごみがいる不思議
南極で出たごみは、現地でできる範囲で処理をし、すべて日本に持ち帰ります。少しでも減らすように気をつけていたのに……。
物資が限られている南極でさえごみが出るのに、ものに溢れた日本ではさらに多く出る。これが、ストレスのひとつだと気づきました。
このときをきっかけに、私のなかでごみを減らすための「ごみ袋サイズダウンチャレンジ」が始まりました。
私が住んでいる自治体のごみ袋は、5L、10L、20L、40Lの4種類。
袋が大きいとあれもこれもと入れてしまい、なぜかごみが増える気がしたのです。それならば、人間の心理を利用して、「袋を小さくすればごみも減るのでは?」と考えました。

目標は1週間分のごみを5Lの袋に収めること
まずは20Lからスタート。これは難なくクリア。
袋の大きさが限られているので、買い物のときも買いすぎないように、そして、過剰包装のものを選ばないように意識ができるようになりました。
南極生活で身についた、野菜の皮や茎も無駄なくおいしく食べる工夫も大活躍。

意識すると、トレイや個包装袋の多さにびっくり
次は10Lにサイズダウンしたのですが、ここで停滞期に入りました。気をつけているのになかなかごみを減らせず、最終目標の5Lに移行できるのか? 自分。
このチャレンジを始めてから数年経つにもかかわらず、なかなか10Lをクリアできず……。ところがやっと、明るい兆しが見えたのです。
いつもなら収集日には10Lがいっぱいになっていたのに、いっぱいにならない! ということは、5Lにサイズダウンしても大丈夫じゃないか!
ささやかなチャレンジのように見えますが、比較してみると一目瞭然。1週間分でこれだけの量を減らすことができているのなら、1カ月、1年間で考えれば、わが家だけでもものすごい量を減らすことにつなげられているのです。

5Lと20L。ごみを減らすことが楽しくなってきた
そしてもうひとつ、うれしい発見! ごみを減らせたのは私だけではありませんでした。
集積場にあるごみのボックスですが、以前はふたが閉まらず、はみ出た袋をカラスに突かれる……なんてことがありました。それがいまは、収集日当日であっても半分以下しか入っていないのです。
私の「ごみ袋サイズダウンチャレンジ」以外にも、一人ひとりの意識が少しずつ変わっている。みんなのちょっとした意識の変化が、全体の量を減らすことにつながるんだなと感じた出来事でした。
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▼渡貫淳子さんの“ごみを減らす暮らし”の記事はこちら
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▼無駄なく“おいしく食べきる”南極レシピはこちら
〈文/渡貫淳子〉
渡貫淳子(わたぬき・じゅんこ)

第57次南極地域観測隊の調理隊員。1973年青森県八戸市生まれ。調理の専門学校を卒業後、同校に就職。結婚後、出産を機に退職するも、その後も家事・育児をこなしながら調理の仕事を続ける。30代後半に南極地域観測隊の調理隊員への夢を抱き、3度目のチャレンジで合格。昭和基地史上2人目の女性調理隊員(民間人では初)。南極でよくつくっていた「悪魔のおにぎり」をモデルに、某コンビニチェーンが商品化したことでも注目される。現在は南極での経験を元に、フードロスや環境問題、防災、男女共同参画などをテーマにした講演活動を行う。近著に『私たちの暮らしに生かせる 南極レシピ』(家の光協会)がある。
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