(『天然生活』2010年10月号掲載)
「そんながんばらんでいい」
「せわしくするなら、せんでいいよ。がんばらなくても、本当に伝えたいことは、言葉ではなく、思いで伝わるから」
「忙しいときは無理をしない。できるときに、できることをすればいい」
そうタミさんはいいます。
家庭料理に手間をかけることが、愛情の証しであるかのようにいわれることもありますが、「手間をかけてつくらなければいけない」という強迫観念にかられてしまっては、楽しんで料理をつくることもできず、疲れ切ってしまうだけでしょう。
疲れているのに無理して家事や台所仕事をしている人に、タミさんは「そんながんばらんでいい」と声をかけます。そしてこうアドバイスするのです。
「忙しく、せわしないときは頭を使えばいい」
忙しいと作業がおざなりになり、ひとつひとつの所作に心を込めることができません。だから、心を込めつつ時間を短縮できるようなやり方を、自分の頭で考えるようにするのです。
弱火でじっくり煮込んでつくるべき料理を、時間短縮のために強火で煮たって、おいしくなるわけがありません。それなら、季節のおいしい野菜を蒸すような、手間や時間をかけずにおいしくなる料理をつくったほうがいいわけです。
子どものために、時間をかけておやつをつくるのは母親の愛情表現のひとつでしょう。でも、その根底にある母親の願いは「子どもがおなかをすかせず、栄養がとれること」のはず。そう考えれば、子どものおやつは、お母さんが握ったおむすびで十分です。
「人の役に立つ子になりますように」「元気で今日一日が過ごせますように」—そんな思いを込めて握ったおむすびなら、義務のように無理してつくった手の込んだ料理やおやつより、母親の愛情が子どもに伝わるはずです。
「愛情の置きどころを間違えてはだめ。そして台所に立つ人は疲れていてはだめ」とタミさんはいいます。
せわしない日常に追われ疲れてしまったときは、台所仕事はお休みにして、寝てしまうのが一番。そして、元気になったら、手間をいとおしみ、心穏やかに真心を込めて、台所仕事に向き合ってみてはどうでしょうか。
動画:桧山タミさん95歳。いま、伝えたい想い
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<撮影/繁延あづさ 取材・文/土屋 敦>
桧山タミ(ひやま・たみ)
1926年、福岡県生まれ。17歳から料理研究家・江上トミ氏に師事。30代半ばで独立。52歳のとき、現在の地に「桧山タミ料理塾」を移し、40年になる。著書に、愛情と自然の恵みを大切にする家庭料理のありようと、生き方の哲学を余すところなく記した『いのち愛しむ、人生キッチン』、小学校で行った授業をもとに幸せな未来のための話を集めた『みらいおにぎり』(ともに文藝春秋)がある。
※ 記事中の情報は『天然生活』本誌掲載時のものです