タイの大衆食堂は、リアルな食材を知る絶好の場所
タイでの滞在は、あらゆる感覚を研ぎ澄まし、すべてを呑み込みたい。
市場の薬草や果物、そして、山野の自生植物の調査はもちろんですが、私にとって、現地での食事も薬用植物の重要なリサーチです。
なんなら、レストランや屋台で使用される薬草たちは、現地でリアルに使われているスパイスやハーブだったりするので、非常に重要な時間かもしれません。
現地の人々が集う食堂には、その地域性や時代のブームがすぐに反映されています。
日本でも少し前にパクチー(Coriandrum sativum)が流行り、そのあと台湾のタピオカがブームになったように、カフェやレストランで使われる薬草もブームと共に移り変わりが激しくなっています。
ちなみに、タピオカはトウダイグサ科のキャッサバ(Manihot esculenta)の芋のデンプンからできています。
私のレストランでの注文の仕方はちょっと特殊かもしれません。
見たことのない食べ物(植物に限らず、魚介類や一風変わったものまで)や、ちょっと怪しそうな料理や調味料はひと通りクリアにしていく方式です。
ノートとカメラをテーブルの横にセットし、料理の香りから味わいまでリアルに書き留めていきます。
基本的にひとりなので、毎回、お店を出る頃はおなかがパンパンで、いまにも破裂してしまいそうになります。
タイの料理を食して気付いた、不思議な味覚の残像
タイでの取材はバンコクのほか、東北部の県コーンケーンと、バンコクの北方約720キロに位置し、タイ第2の都市で「北方のバラ」ともいわれる美しい都、チェンマイを主にまわりました。
そんな、さまざまなお店で多種多様なものを注文して食べ尽くしてきたなかで、ひとつ気づいたことがあります。
それは、日本ではあまり感じない「甘~いからの酸っぱい」という印象的な味。これは非常に大きな味覚の残像として、タイの滞在中ずっと残っていました。
やっとわかった、あの酸味の正体
あの日、私は無性に麺類、とくにパッタイ(タイの焼きそば)が食べたくなり、庶民的なレストランに入りました。
パッタイを注文し、キッチンがよく見えるカウンターから、調理行程をじっと観察していました。ずっと見ていたら、ママ(シェフ)と一瞬目が合い、非常に気まずかったのですが、お客は私のみ。
これはチャンスだと思い、いろいろ質問し、あの味わいの正体を探ろうと思いました。
ママも思った以上にノリノリで、あれやこれやと見せてくれ、ていねいに説明してくれます。
タイあるあるですが、肝心の質問した内容はさらりとながされ、違う内容に移り変わってしまうケースが多々あるので、私はずっと気になっていた「甘~いからの酸っぱい」の正体をストレートに聞いてみました。
すると、棚の奥からはちみつの瓶のようなものがでてきました。そのなかには梅干しの果肉のような、茶色くどろっとしたものが入っています。
蓋を開けた瞬間、「それだ」とわかりました。あの依存性のある味の正体はこの物体であると。
ママがスプーンを差し出し、味見をさせてくれました。彼女はこれをマカーム【มะขาม】といいました。
東南アジアの料理に欠かせない食材「タマリンド」
マカームとは、市場でよく見られる「タマリンド」のことで、タイのみならず、東南アジア圏ではなくてはならない調味料の素材です。
タマリンド(Tamarindus indica)は、マメ科ジャケツイバラ亜科タマリンド属に属する、熱帯アフリカ原産の植物。木は20~25mほどの高木になり、街路樹のようによく街中でも目にします。
葉が特徴的で、長さ15~20cmの羽状複葉、小葉は10~20片で長楕円形。日本の植物に例えると、ネムノキ(Albizia julibrissinDurazz.)のような葉をしています。
実の大きさは7~15cmくらい。ソーセージの燻製のような形をしていて、木にぶら下がっているのがよく見られます。
市場でもワイルドにドサッとザルに入って販売されており、まだ果実が膨らんでいない未熟なものや、完熟しているもの、また半ペースト状のブロックで販売されているものなど、様々なタイプのタマリンドがあります。きっと調理によって使い分けるのでしょう。
タマリンドの最大の特徴は、独特の「酸味」にあります。
あの酸味は主に果肉の黒褐色の部分にあり、酒石酸やクエン酸というAHA(アルファヒドロキシ酸)の一種が豊富に含まれており、疲労回復効果があるとされることから、現地の方々も積極的にジュースにして摂取しています。
またタマリンドは、健康食品としても注目されており、糖のグルコースの吸収を防いだり、脂肪がたまるのを防いだりする働きがあるため、メタボリックシンドロームに効果があると考えられています。実際、タマリンドを煎じて、食事30分前に摂ることで満腹感を感じやすくなるともいわれています。
また果実だけではなく、新芽も酸味のある薬味として使用されています。
古くからタマリンドは、薬草として民間の間で万能薬として親しまれてきました。
樹皮には、収れん作用や強壮作用があり、葉の汁には関節の炎症や目の痛みを和らげる効果があります。また、果肉には健胃作用や整腸作用、解熱作用などがあるとして、重宝されてきました。
東南アジアの暮らしに根づくタマリンド。我々は梅干しや柚子を食べてどこか懐かしく思うように、タマリンドも東南アジアの台所には欠かせないスパイスであり、薬草でもあるのでしょう。
山下智道(やました・ともみち)
野草研究家。福岡県北九州市出身。登山家の父のもと幼少より大自然と植物に親しみ、野草に関する広範で的確な知識と独創性あふれる実践力で高い評価と知名度を得ている。国内外で多数の植物観察会・ワークショップ・講座を開催。
著書に『ヨモギハンドブック』(文一総合出版) amazonで見る 、『野草がハーブやスパイスに変わるとき』(山と渓谷社) amazonで見る 、『野草と暮らす365日』(山と渓谷社)amazonで見る など多数。
●公式サイト「野草研究家 山下智道」
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