• 京都の喫茶店「ラ・ヴァチュール」には本場フランスのタルトタタン愛好家からも一目置かれるタタンがあります。パリでタルトタタンに魅せられた創始者・松永ユリさんがつくりだしたりんごのお菓子です。2014年95歳でこの世を去り、いまなお多くのファンに愛される「ラ・ヴァチュール」のバトンは、孫娘の若林麻耶さんへと手渡されました。
    (『天然生活』2016年2月号より)

    タルトタタンに魅せられて

    タルトタタンは、フランスの伝統的なりんご菓子。

    その始まりは19世紀、フランス中部・ソローニュ地方のタタン姉妹といわれています。

    りんごのタルトをつくるのに、うっかり、りんごをこがしてしまった姉妹。あわてて生地を上からかぶせ、ひっくり返してサーブしたところ、ゲストの評判を呼んだのだとか。

    つくり方はといえば、しごくシンプル。りんごをバターと砂糖で煮つめ、タルト生地をかぶせてオーブンへ。焼けたら、そのままひっくり返して、でき上がり。甘酸っぱい果汁と香ばしいバターがしみ込んだりんごは、表面がカラメル状になり、黒曜石のように輝いています。

    大切なのは、じっくり、ゆっくり、煮つめながら焼くこと。

    時間がおいしくしてくれる、素朴で贅沢な郷土菓子です。

    パリで出合った味に心奪われて

    大正7年生まれの松永ユリさんは好奇心と探求心のかたまり。若いころは台湾で教鞭をとり、帰国後は京都に居を構え、美術学校にも通っていました。

    タルトタタンと出合ったのは、1977年、パリを旅したときのことでした。知人が買ってきてくれたタルトタタンに、ユリさんは、すっかりとりこになったのです。

    それから3カ月間、パリ中のレストランやホテルをめぐっては、タタン、タタン、タタン……タタン三昧の日々。

    帰国後、辰夫さんと営んでいたフレンチレストランでも、常連さんにこのお菓子を出そうと、みずからタタンを焼きはじめます。ユリさん、初めてのお菓子づくり。そのときすでに、60歳になろうとしていました。

    食べやすい甘さにするにはどうしたらいいか。季節とともに移ろうりんごの味を、どう扱うか。どこまでこがしたらおいしいのか。探求が続きます。りんごの山とひたすら向き合うユリさんを、辰夫さんはやさしく見守りました。

    画像: 瀟洒なレストランは多くの人に愛され、名だたる人々も常連となった。これは、新聞の取材を受けたときに撮影された、松永辰夫さん・ユリさん夫妻の写真。記事を執筆しているのは作家の五木寛之さん

    瀟洒なレストランは多くの人に愛され、名だたる人々も常連となった。これは、新聞の取材を受けたときに撮影された、松永辰夫さん・ユリさん夫妻の写真。記事を執筆しているのは作家の五木寛之さん

    辰夫さんとユリさん夫妻が築いたもの

    探求の末に、ようやく誕生したのが、「ラ・ヴァチュール」のタルトタタン。

    一台に20個近くのりんごを詰め、4時間以上かけてじっくり煮つめます。パリで初めて口にした2段重ねのりんご、あの格式とおいしさを踏襲し、洗練させたのです。

    時間がかかるので、焼き上がるのは一日に2台。

    本来のタルトタタンを守りながら、本場フランスにも他にない、独特の味です。これが評判を呼び、ついにはフランスのタルトタタン愛好家協会からメダルと認定書を受けるにいたりました。

    こうして、ユリさんは87歳まで、毎日、片手鍋でタタンを焼きつづけました。

    画像: 「素朴だからこそきれいにつくる」というのが、ユリさんの美学だった。カウンターに皮むき器を据え、客席を眺めながら夫婦で黙々とりんごをむくのが日課だったという

    「素朴だからこそきれいにつくる」というのが、ユリさんの美学だった。カウンターに皮むき器を据え、客席を眺めながら夫婦で黙々とりんごをむくのが日課だったという

    画像: 大きな窓から光が差し込む。テーブルでお茶とともにいただくもよし、テイクアウトするもよし

    大きな窓から光が差し込む。テーブルでお茶とともにいただくもよし、テイクアウトするもよし

    〈撮影/伊東俊介〉

    本記事は『天然生活』2016年2月号からの抜粋です

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    画像: 店主の麻耶さん

    店主の麻耶さん

    ラ・ヴァチュール
    住所:京都府京都市左京区聖護院円頓美町47-5
    ☎075-751-0591
    営業時間:11:00〜18:00
    ㊡月曜



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